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安倍晋三元総理銅像建立

平成は本当に平和だったのか。独立国家としての日本を問い直す

「平成は平和な時代であった」と、よく語られる。たしかに、日本国内において大規模な戦争はなかった。街には店が並び、電車は時刻通りに走り、人々は日々の暮らしを営んできた。その意味では、平成という時代は穏やかに見えたのかもしれない。しかし、宮司は十年前から、この言葉に強い違和感を抱いていた。戦争がなかったことだけをもって、国が平和であったと言えるのか。国民の命が奪われ、領土が脅かされ、憲法の根幹すら自分たちの手で正せないままで、それを本当に独立国家の平和と呼べるのか。

平和とは、ただ戦火がない状態を指す言葉ではない。平和とは、国民の命が守られ、領土が守られ、国家の主権が守られ、子供たちが安心して未来を描ける状態をいう。自分の国のことを自分の国で決められる。自分の国民がさらわれたなら、必ず取り戻す。自分の領土が脅かされたなら、毅然として守る。その覚悟と力があって初めて、平和は平和として成り立つのである。

災害も多かった。人の心を揺さぶる事件も多かった。国土は傷つき、家族は引き裂かれ、国民の不安は積み重なった。それでも私たちは、どこかで「日本は平和だ」と言い聞かせてきたのではないか。見たくない現実に蓋をし、耳に心地よい言葉だけを選んできたのではないか。宮司は、そこに戦後日本の弱さを見てきた。

平和とは、眠ることではない。
平和とは、備えることである。
平和とは、守る覚悟を持つことである。

警察官であった頃、宮司の胸に刻まれていた言葉がある。事に臨んでは危険を顧みず、国民の負託に応える。個人の生命、身体、財産を守る。この言葉は、飾りではない。職務の根本であり、命を懸ける誓いである。警察官も、自衛官も、海上保安官も、消防官も、国民の命を守るために現場へ向かう。では国家はどうか。国家そのものが、同じ覚悟を持って国民を守ってきたと言えるだろうか。

PR:平成という時代を問い直すには、独立国家としての日本を語った言葉にも触れたい。安倍晋三元総理の国家観を読み返すことは、いまの日本を考える一つの手がかりとなる。
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拉致被害者がいる。故郷へ帰れぬまま、歳月だけが流れていった家族がいる。ある日突然、娘を、息子を、夫を、妻を奪われた家族の悲しみを思うとき、これを他人事として語ることはできない。自分の家族がさらわれたなら、誰もが必死になるはずである。ところが国家としての日本は、あまりに長く、あまりに静かに、あまりに遠慮がちに、この問題を抱え続けてきた。

他国に頼むだけでよいのか。
遺憾と言うだけでよいのか。
交渉中と言うだけで、国民の命は戻るのか。

この問いから逃げてはならない。国家が国民を守れないならば、国家とは何のためにあるのか。政治家が国民の生命と安全を守る覚悟を持たないならば、政治とは何のためにあるのか。宮司が十年前に抱いていた怒りは、単なる感情ではない。国民を守るべき国家が、本当にその責任を果たしているのかという、根本の問いであった。

北方領土、竹島、尖閣諸島。これらは単なる地名ではない。そこには日本の歴史があり、祖先の営みがあり、国家の主権がある。領土とは、土の塊ではない。国民の記憶であり、祖先から受け継いだ責任であり、子孫へ手渡すべき誇りである。

領土を脅かされながら、国民が無関心でいるならば、その国は内側から弱っていく。地図の端で起きていることだと思ってはならない。国境の島で起きていることは、私たちの食卓にも、学校にも、神社にも、家庭にもつながっている。国土を守るとは、日本人として生きる基盤を守ることである。

北海道の土地が外国資本に買われているという不安も、単なる経済問題として片づけてはならない。土地は商品である前に、国土である。水源、森林、農地、離島、港湾、重要施設周辺。これらを守る意識が薄れれば、国は静かに形を失っていく。銃声のない侵食ほど恐ろしいものはない。

宮司は、戦後日本の根にある問題として、憲法を避けて通ることはできないと考えてきた。日本人が、日本人の手で、日本人のために国家の根本を定める。この当たり前のことを、戦後日本はどれほど真剣に考えてきただろうか。現行憲法のもとで、長く日本は歩んできた。その中で守られてきたものもある。しかし、時代は変わり、国際情勢は変わり、近隣諸国の脅威も変わった。それにもかかわらず、国民の命を守るための議論を避け、憲法を触れてはならぬもののように扱うならば、それは本当の立憲主義ではない。

憲法とは、国民を縛るための飾りではない。国民を守り、国家を立てるための根本である。自分の国を守るために何が必要か。自衛隊をどう位置づけるのか。緊急事態に国民の命をどう守るのか。領土、主権、家族、伝統をどう次代へつなぐのか。これを正面から語れぬ国が、独立国家と言えるだろうか。

十年前、宮司は安倍晋三総理に対して、命を懸けて国民を取り戻してほしいというほどの切なる思いを抱いていた。それは単なる激しい言葉ではない。拉致被害者とその家族の痛みを、国家の最高責任者が自らの痛みとして背負ってほしいという、祈りにも似た願いであった。

安倍元総理は、拉致問題を政治の中心課題として訴え続けられた。憲法改正を語り、安全保障を語り、日本を取り戻すと語られた。だからこそ、宮司は安倍元総理に期待したのである。この人ならば、日本の戦後を変えてくれるのではないか。この人ならば、拉致された国民を必ず取り戻すという国家の意志を示してくれるのではないか。その思いは、今も宮司の胸に残っている。

しかし、安倍元総理は凶弾に倒れられた。志半ばであった。ならば、その志を誰が継ぐのか。政治家だけに任せてよいのか。国民は、ただ傍観者でいてよいのか。問われているのは、政治家だけではない。私たち一人ひとりの覚悟である。

これからの日本人に必要なのは、まず「自分の国は自分たちで守る」という当たり前の覚悟である。他国との同盟は大切である。国際協調も大切である。しかし、最後に自国民を守る責任を負うのは日本自身である。隣の叔父さんに助けを求めるような精神から、もう卒業せねばならない。

そして、国民一人ひとりが領土と主権を学ぶことである。北方領土、竹島、尖閣諸島、拉致問題、安全保障、憲法。これらを難しい政治の話として遠ざけてはならない。子供にも分かる言葉で教え、家庭でも語り、学校でも正しく伝える。国を知らぬ者に、国は守れない。

さらに、政治家に覚悟を求める前に、国民自身が覚悟を持つことである。政治家は国民の鏡である。国民が楽な言葉だけを求め、厳しい現実から目を背ければ、政治もまた弱くなる。国民が覚悟を持てば、政治も変わる。国民が祈り、学び、行動すれば、国家は必ず甦る。

平成は本当に平和だったのか。その問いは、過去を責めるためにあるのではない。令和の日本を正すためにある。見せかけの平穏に安住せず、国民の命と領土と主権を守る国へ立ち返るためにある。

日本は、まだ甦ることができる。だが、そのためには、目を覚まさねばならない。国を守ることを忌避せず、国民を取り戻すことを諦めず、領土を守ることを当然とし、憲法を自分たちの手で考える国民にならねばならない。

祈るだけでは足りない。
怒るだけでも足りない。
嘆くだけでは、何も変わらない。

祈り、学び、備え、行動する。

これこそが、これからの日本人が進むべき道である。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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