数学者であり、大道芸人としても知られるピーター・フランクル氏は、日本について「ぼくがはじめて一生住んでもいいと思った国」と語っている。
世界の国々を巡り、異なる文化の中で暮らしてきた人物が、最後に日本を選んだ。その理由は、経済的な豊かさでも、便利さでもない。日本には、努力する者を認め、知識を持つ者を敬い、人と人とが穏やかに暮らすための知恵が残されているからだという。
宮司は、この言葉を大変ありがたく思う。同時に、今を生きる私たち日本人が、そっと胸に刻んでおきたい言葉だとも感じている。
フランクル氏は、一所懸命に働くことを冷笑される社会や、人間の価値を金銭だけで量る社会に違和感を覚えたという。努力しても給料は同じだと考え、真面目に働く者を馬鹿にする。どれほど学び、どれほど知恵を磨いても、億万長者にならなければ評価されない。そこでは、努力することさえ愚かな行いのように扱われることがある。
しかし、日本では違った。
外国人が日本語を学び、日本の文化を理解しようと努力すれば、日本人はその心を認める。知識を身につけ、仕事に誠実に取り組む人を尊敬する。目に見える結果だけではなく、そこに至るまでの汗や忍耐を見ようとする。
宮司は、これこそ古くから日本人が大切にしてきた精神だと思う。
我が国には「お天道様が見ている」という言葉がある。誰かに褒められるためではなく、見えないところでも己の務めを果たす。損得を超えて、正しいと思う道を愚直に歩む。それが日本人の美徳であった。
父親から「財産は頭と心のなかにある」と教えられたフランクル氏は、その言葉を理解する人々が日本には住んでいると感じたという。
宮司もまた、まことの財産は頭と心の中にあると考えている。財産とは、金銭や土地だけではない。学んだ知識、人を思いやる心、苦難を乗り越えた経験、長い歳月をかけて身につけた技。それらは誰にも奪うことのできない、人間にとっての真の財産である。
人間の価値は、持っている金の多寡によって決まるものではない。何を学び、何を信じ、誰のために力を尽くしたかによって決まる。日本人は、かつてそのことをよく知っていた。
また、フランクル氏は、日本人の「あいまいさ」の中に、人間関係をなめらかにし、互いに穏やかに生きるための知恵があると語っている。
日本人は、何でも言葉にして相手を打ち負かそうとはしない。相手の顔を立て、その場の空気を読み、言わずとも察しようとする。自分の正しさを押し通すのではなく、時には一歩引いて和を保つ。
宮司は、それを決して弱さだとは思わない。
己の感情を抑え、相手の心を思いやるためには、強い忍耐が必要である。言いたいことをすべて口にするよりも、言葉をのみ込み、その場を収める方が難しいこともある。日本人のあいまいさとは、争いを避け、共に生きるために先人が育んできた智慧なのである。
神道が大切にするものの一つに「和」の精神がある。神々はそれぞれ異なる御神徳を持ちながら、互いを排除することなく、一つの世界を形づくっている。違いがあるから争うのではなく、違いを認めながら調和する。それが日本の国柄である。
しかし宮司は、今の日本人自身が、その尊い価値を忘れかけているのではないかと危惧している。
努力する人を冷ややかに見たり、目立つ人の足を引っ張ったりする空気。知識や経験よりも、その場の人気や金銭が重んじられる空気。自分の権利ばかりが語られ、周囲への感謝が置き去りにされる空気。そうしたものが少しずつ広がってゆけば、フランクル氏が愛した日本の姿も、いつか薄れてしまうかもしれない。
外国の方から日本を称賛されるのは、本当にうれしいことだ。だからこそ宮司は、その言葉にふさわしい国であり続けられるよう、皆さんと共に心を尽くしたいと思う。
日本は、今日を生きる日本人だけの力で築かれた国ではない。神々への祈りを絶やさず、田畑を耕し、家族を守り、数々の国難に立ち向かってきた幾千万の祖先によって受け継がれてきた国である。
祖先たちが残したものは、目に見える建物や財産だけではない。勤勉、忍耐、謙虚、感謝、礼節、そして和を尊ぶ心。その見えない財産こそ、日本の真の宝である。
「一生住んでもいいと思った国」
宮司は、この言葉を日本人としての誇りをもって受け止めたい。同時に、未来の人々からも同じように思ってもらえる日本を残してゆきたいと、心から思う。
一所懸命に生きる者が報われる国。知恵と徳を備えた者が敬われる国。互いを思いやり、穏やかに暮らせる国。
その日本を守るのは、政治家だけでも、特別な力を持つ者だけでもない。日々の仕事を誠実に果たし、家族を慈しみ、周囲への感謝を忘れずに生きる、私たち一人ひとりである。
宮司は、日本の財産は日本人の頭と心の中にあると信じている。
その尊い財産を磨き、子や孫へ手渡していくこと。それこそが、今を生きる私たちに託された、ささやかで尊い役目なのだと思う。
日々を一所懸命に生きている皆さま。その姿こそが、日本の美しさそのものです。
皆さまの真心が、子や孫の代まで受け継がれてゆきますように。宮司も、心からお祈りしております。
PR / 出典:ピーター・フランクル著『数学放浪記』(晶文社)