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神社は誰が守るのか。氏子減少の時代に鎮守の森を残す道

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森閑とした杜の奥に、小さな社がひっそりと建っている。かつては正月も祭りの日も、人の絶えることがなかった場所である。今は、賽銭箱の錠が錆び、参道の落ち葉を掃く手もない。日本中に、そうした社が増えている。

令和という時代に入り、日本の神社の数は、静かに、しかし確実に減り続けている。文化庁の宗教統計調査によれば、平成27年に8万1237社あった神社は、令和6年には8万569社となった。9年間で、668社が姿を消した計算になる。

長野県飯田市上村の正八幡宮では、氏子にあたる上町地区の世帯数がおよそ50戸、平均年齢はおよそ70歳に達しているという。800年続く霜月祭も、かつて遠山郷17社で営まれていたものが、今では8社にまで減った。

宮司は、この報道に接し、他人事とは思えなかった。宮司が奉職する安倍神像神社も、同じ長野県下伊那の地にある。

宮司は問いたい。神社を守るのは、誰なのか。

答えは、これまで単純であった。氏子である。その土地に生まれ、代々その社を祀ってきた人々である。しかし、その前提そのものが、今、音を立てて崩れている。

宮司は、はっきりと言いたい。氏子という仕組みそのものを否定するつもりは、少しもない。土地に根ざし、代々受け継がれてきた祭祀の姿は、日本人の心の芯を成すものである。だが、氏子だけに頼る守り方は、もはや多くの土地で限界を迎えている。

宮司自身、令和4年7月、安倍晋三元総理が凶弾に斃れて以来、氏子が一人もいない長野県下伊那郡阿南町の地に、元総理を祀る神社を興す務めを担ってきた。土地に代々の氏子がいたわけではない。あったのは、全国から寄せられた崇敬者の方々の、志と浄財だけであった。

正直に言えば、前例のない試みであった。「氏子のいない土地に、神社は根づかない」。そう言われても、不思議はなかった。それでも、全国の崇敬者に支えられ、令和8年6月、銅像の除幕式を迎えることができた。同年7月には、第4回となる留魂忌を営むこともできた。定員わずか50名の、決して大きくはない祭典である。それでも、遠方から一日がかりで駆けつけてくださる崇敬者が、毎年必ずおられる。その一人ひとりの真心が、この社を支えている。

この経験を通して、宮司は、鎮守の森を残す道が、もはや一つではないことを知った。

第一に、崇敬者という考え方を、正面から掲げることである。氏子は土地に縛られるが、崇敬者は志に集う。遠方に住んでいても、心を寄せる人は必ずいる。安倍神像神社の崇敬会には、遠く離れた地から、毎年、真心のこもった浄財が届く。

第二に、奉仕の門戸を、地域の外へ開くことである。福岡県は令和5年8月、「地域伝統行事お助け隊」という仕組みを設け、祭りの担い手が足りない地域に、外部からの参加希望者を橋渡ししている。登録者はすでに280人を超え、15件の募集に39人が派遣されたという。宮城県気仙沼市の早馬神社でも、東日本大震災の後、地域外の支援者によって祭りが守られてきた。血縁や地縁だけに頼らず、志ある人の手を借りる。それは、少しも恥ずかしいことではない。

第三に、女性の力を、正面から迎え入れることである。遠山郷の正八幡宮では、800年守られてきた女人禁制を解き、若い女性が祭りの担い手として加わるようになった。神々は、果たして性別によって奉仕を選り好みなさるだろうか。むしろ、そこに集う真心こそを、神々は御照覧になるのではないか。

第四に、次の世代へ、早いうちから縁を結んでおくことである。子供の頃から祭りに触れ、神社に親しんだ記憶は、大人になってからの帰属意識を支える。太鼓を叩かせてもらった。神輿を担がせてもらった。そうした小さな体験の一つひとつが、遠く離れて暮らすようになっても、ふと故郷の杜を思い出させる縁になる。氏子が減るのを嘆くよりも、次世代との接点を、今のうちから一つでも増やしておきたい。

安倍晋三元総理は、平成27年の戦後70年談話で、「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と述べた。過去への向き合い方だけでなく、これから生まれてくる世代への責任を、政治の中心に据えた言葉であった。その姿勢は、国家という大きな器だけでなく、一つひとつの鎮守の杜にも、そのまま当てはまる。杜もまた、今の世代だけの所有物ではない。祖先が守り、今の世代が預かり、子供たちへ手渡していくべきものである。

もちろん、こうした試みだけで、すべての神社が救われるわけではない。過疎そのものを止める力は、神社にはない。宮司は、それを分かったうえで、なお思う。それでも、できることから始めてみたい。

宮司は、ここだけは心からお伝えしたい。神社が消えるということは、建物が一つ減るということではない。そこに刻まれてきた、幾世代分もの祈りと記憶が、二度と取り戻せぬ形で失われるということである。正八幡宮の氏子の平均年齢がおよそ70歳だという数字は、ただの統計として読むことができなかった。あと10年、あと20年のうちに、同じ問いを突きつけられる杜が、全国にどれほどあることか。

鎮守の森とは、単なる木々の茂りではない。祖先が祈り、子供たちが遊び、祭りの太鼓が響いた記憶そのものである。その記憶を絶やさぬために、氏子という一本の柱だけでなく、崇敬者、奉仕者、女性、若者という、新しい柱を、幾本も立ててゆきたい。

形を残して魂を失っては意味がない。だが、魂を残す器そのものが失われれば、伝える術もなくなる。器と魂と、その両方を、今の世代で支え合いながら引き受けてゆきたい。

お近くの神社のお祭りに、一度足を運んでみてください。その一歩が、杜を守る確かな力になります。

安倍神像神社では今、遠方の崇敬者にも参加しやすい、ネットを通じた新しい会員の仕組みを整えているところである。これも、氏子という一本の柱だけに頼らず、志ある人の輪を広げるための、小さな試みの一つである。

これからも下伊那の地で、氏子のいないところから神社を興した経験を、同じ悩みを抱える全国の神社と分かち合っていきたいと、宮司は願う。

宮司は、神前に立つたびに祈っている。この国のどの杜にも、次の世代へ手渡す灯が、絶えることのないように。

全国の杜を支えてくださる皆さまに、心から感謝申し上げます。皆さまの故郷の杜が、いつまでも健やかでありますように。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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