トランプ大統領に見る「覚悟」と「信念」

私は、アメリカのトランプ大統領の「覚悟」と「信念」に深い感動を覚えている。
彼は、選挙戦で国民に約束したことを、一つひとつ実行に移していった。たとえどれほどの批判や妨害があろうとも、己の信念を貫き通す姿に、真のリーダーの風格を見た。
銃弾が耳をかすめるという暗殺未遂にも屈せず、毅然と演説台に戻ってきた姿は、まさに「強さと勇気」の象徴だった。世界を動かすアメリカ大統領にふさわしい、気迫と胆力を見せつけた瞬間であった。
「アメリカ・ファースト」を掲げ、国益を第一とするその姿勢は、多くのアメリカ国民の誇りとなっている。グローバリズムによって傷ついてきた製造業、農業、そして労働者の声に真摯に耳を傾け、大国アメリカを再び力強く前進させようとするその意志の強さには、敬服するほかない。
しかし、そんなアメリカの政治家の姿を見るたびに、私は日本の政治の現状に強い憂いを感じずにはいられない。とりわけ、今の日本の首相である石破氏に対しては、強い失望と憤りを抱いている。
石破総理は、選挙で国民から厳しい審判を下されながらも、その結果に潔く責任を取ることもなく、のらりくらりと退陣を引き延ばしている。「石破、逃げる」とは、まさにこの状況にふさわしい言葉だろう。
彼は、財務省、マスコミ、そして経団連という巨大な後ろ盾に守られ、まるで“悪の三位一体”のごとき構図の中で、悪政を継続している。国民との選挙前の約束など、まるでなかったかのように忘れ去られ、党の信頼は日に日に崩れていく。自民党は、このままでは、確実に壊滅への道をたどるだろう。
今の自民党には、志も覚悟もない。
石破、森山、岩屋、加藤といった、かつては名の通った政治家たちも、今では保身に走るばかりで、国家の未来を考える姿勢すら見られない。
それでも、党内からは誰一人、堂々と声を上げる者がいない。
「ゆでガエル」のように、ぬるま湯に浸かりながら、少しずつ死に向かっていることにすら気づかないのか。いや、気づいていながら、あえて見て見ぬふりをしているのだろう。
その結果、党員たちは次々と自民党から離れつつある。
もはや党内に自浄作用を期待するのは難しく、国民の声が本当の改革を起こす唯一の力となるかもしれない。
私は、日本にもトランプ大統領のように、「国民のために戦う覚悟」を持った真の政治家が必要だと強く感じる。
媚びない。逃げない。
そして、たとえ命の危険が迫っても、国と国民のために毅然と立ち上がる、そんな「本物のリーダー」が、今この国に求められている。
日本よ、今こそ目を覚ませ。
そして、国民一人ひとりが「政治に無関心でいられても、無関係ではいられない」ことに気づかなければならない。
未来を変えるのは、他の誰でもない、私たち自身なのだ。
