老いに寄りかかる左派政治。中道が失った信頼の重さ

最新の世論調査では、中道改革連合に対する評価が全体として伸び悩み、特に支持層が高齢世代に大きく偏っている実態が浮かび上がった。

中道、「支持」回答の5割超が「70歳以上」 小川新代表選出も「変わらない」が8割超。

若年層と現役世代の支持は弱く、新代表就任後も「変わらない」と受け止める回答が多数を占めている。さらに、かつての合流は失敗であり、再び分かれたほうがよいと考える声が過半に達した。数字が示しているのは一時的な不調ではなく、構造的な不信である。

宮司は、この結果を単なる戦略ミスとして片付けることに強い違和感を覚える。中道を掲げながら、実際には立ち位置を曖昧にし、責任の所在をぼかしてきた姿勢そのものが問われている。小川氏の言動に象徴されるのは、調整役に徹することで波風を立てまいとする態度であり、国家として何を守り、何を変えるのかという覚悟が見えない点である。中道とは本来、両極の間で揺れることではなく、原則を定めた上で現実と向き合う胆力を要する立場である。その芯が欠けた中道は、結局のところ誰の信頼も得られない。

若い世代が距離を置く理由もそこにある。彼らは言葉の巧みさよりも、決断の重さを見る。責任を引き受ける覚悟が示されない限り、支持は生まれない。合流が理念倒れに終わったのは、流れの違うものを無理に束ね、方向を定めなかった結果である。調和を優先するあまり、国家像が曖昧になった。その空白が、世論調査の数字となって現れている。

ここで宮司の思索は、自然と現在の政権へと向かう。高市政権が示しているのは、曖昧さからの脱却である。安全保障、経済基盤、国家の自立という課題に対し、賛否を恐れずに明確な方向を示そうとする姿勢は、少なくとも中道の名の下に責任を回避する態度とは対極にある。期待とは、全てに同意することではない。覚悟をもって判断する姿に、人は未来を託す。

世論調査の数字は、単なる支持率の増減を示すものではない。そこには、社会の呼吸と、時代の体温が映り込む。中道改革連合を支える声の多くが高齢層に偏っているという事実は、一本の老木が深く根を張る一方で、若木が育つ土壌がまだ整っていない現実を物語っている。

宮司は、政治を遠い世界の出来事として切り離しては考えない。政治は人の暮らしの影であり、影の形は光の当たり方で変わる。支持層の年齢構成が示すのは、光がどこに届き、どこに届いていないかという問題である。年輪を重ねた世代は、長い風雪を知り、変化よりも安定を尊ぶ。その声が厚いのは自然なことである。しかし、芽吹きを待つ若い世代に水が届かなければ、森はやがて片側に傾く。

新代表が選ばれても変わらないと感じる声が大勢を占めたという点も、見過ごせない。人は看板が掛け替えられただけでは、家の中身が変わったとは感じない。柱の傷、床のきしみ、雨漏りの跡。日々の手入れが積み重なって初めて、住まいは生き返る。信頼とは、発表や演説よりも、黙々と続く修繕の時間によって育つ。

再び分かれたほうがよいという意見が過半を占めた事実は、合流の理念が十分に腹落ちしていない証でもある。川が合流するには、水位と流れの速さが合わねばならない。無理に合わせれば、渦が生まれ、濁りが残る。和を大切にするとは、ただ一つにまとめることではない。互いの流れを尊び、合うところを見極める慎重さである。

宮司は、若年層や現役世代の支持が薄い現状を、叱責ではなく問いとして受け止める。若い世代は、言葉よりも背中を見る。理想よりも、日々の足取りを見る。困難な時代にあって、誰のために汗を流し、誰の声に耳を澄ませているのか。その積み重ねがなければ、呼びかけは空に散る。

耐えるしかないという言葉も聞こえてくる。しかし、耐えるとは、ただ身を縮めることではない。冬の大地は静かに見えて、地下では根が伸び、養分が巡る。次の季節に備える準備の時間である。忍耐は、内を空にせず、内を耕すことによって意味を持つ。

政治もまた、人の心の写し鏡である。分断を煽る声が強まるほど、静かな節度と対話の力が求められる。年長者の知恵と、若者の感性が、同じ卓を囲む場をつくれるかどうか。そこに、この国の行く先がかかっている。

宮司は、数字の向こうにいる一人ひとりの顔を思う。駅へ急ぐ若者、家族を支える現役世代、長い人生を歩んできた高齢者。それぞれの歩幅をそろえるには、急がず、威張らず、誠実であることが要る。和は叫ぶものではなく、整えるものである。整え続ける者にのみ、次の支持は芽生える。

老木の陰で若木を育てる覚悟があるか。風向きを読む前に、足元の土を確かめているか。問いを手放さぬ限り、道は閉ざされない。数字が示す厳しさは、同時に、立て直しの入口でもある。曖昧な中道ではなく、覚悟ある政権のもとでこそ、この国の森は再び均衡を取り戻す。高市政権に寄せられる期待は、その覚悟に対する国民の直感的な応答なのである。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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