MENU
安倍晋三元総理銅像建立

言葉の切れ間に舟を浮かべて。月と沈黙が教える、人と人の距離

中原中也の「湖上」は、読もうとすればするほど、言葉の底に沈んだ静けさが、読む者の呼吸を変えていく詩である。湖面に浮かぶ月は、光を誇ることもなく、ただそこに在る。波の音も、風の気配も、すべてが大きな意味を主張しない。むしろ、意味を押しつけないことによって、読む者の内側にある感情を、そっと水面に浮かび上がらせる。

宮司は、この詩を読むたびに、人と人とのあいだに横たわる「間」というものを思う。言葉が途切れるその隙間、櫂から落ちる水音のような、説明されない時間。現代は言葉が溢れ、意図や主張が過剰に明示される時代であるが、真に心が通うのは、語られない部分に身を委ねたときである。湖に舟を浮かべるとは、相手を制御しようとする意志を手放し、同じ闇と同じ月を共有する覚悟にほかならない。

沖へ出れば暗くなる。だが、その暗さは恐れではない。視界が閉ざされることで、耳が澄み、心が静まる。櫂の水音が「昵懇しいもの」に聞こえるのは、外界の雑音が消え、内なる感受性が目を覚ますからである。現代社会においても同じことが言える。情報の明かりを少し落とし、急ぎすぎる歩みを緩めたとき、人はようやく他者の声を、言葉の切れ間ごと受け止めることができる。

月が「聴き耳を立てる」という表現には、自然が裁く存在ではなく、寄り添う存在として描かれている。見下ろすのではなく、共に在る。これは日本の精神風土が育んできた、世界との向き合い方そのものである。万物に意志を感じ、対話の相手として遇する姿勢は、他者を押しのける力ではなく、共に漕ぎ続ける持久の力を育ててきた。

詩の後半で、相手はなおも語り続ける。よしないことも、拗ねた言葉も含めて、すべてを聞くと詩は語る。ただし、漕ぐ手は止めない。ここに、人が人と生きるための知恵がある。理解しようと耳を傾けながらも、人生の舟は進め続ける。感情に溺れず、関係を放棄せず、静かに前へ進む。その姿は、争いを避け、和を保つために長い年月をかけて磨かれてきた生き方の写しである。

宮司は、この詩を祈りのように読む。声高な誓いも、断定的な教えもない。ただ、月と湖と舟があり、人と人が同じ闇に身を置いている。それだけで、世界は充分に満ちている。互いを急かさず、沈黙を恐れず、風や波のある現実をそのまま受け入れること。その積み重ねが、個を磨き、共同体を保ち、次の世代へと静かに渡されていく。

この詩が今もなお胸に届くのは、時代が変わっても、人が求める救いの形が変わらないからである。強さよりも持続を、勝利よりも同行を選ぶ心。その行き先を照らすのは、空にぽっかり浮かぶ月のような、名もなき光である。


湖   上

ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。

沖に出たらば暗いでせう、
櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
――あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。

月は聴き耳立てるでせう、
すこしは降りても来るでせう、
われら接唇(くちづけ)する時に
月は頭上にあるでせう。

あなたはなほも、語るでせう、
よしないことや拗言(すねごと)や、
洩らさず私は聴くでせう、
――けれど漕ぐ手はやめないで。

ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう、
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。

       中原中也

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

目次