改ざんされた遺書。東条英機という人間の、本当の姿

ある夜、宮司に届いた一通のメッセージ。崇敬者の方からのもので、東条英機元首相の遺書について書かれていた。インターネット上でいくつかの遺書が紹介されているのだが、それらを読み比べると、肝心の言葉がいくつも消えていたり、主語がすり替えられていたりする。これは改ざんではないか、という問いかけであった。宮司はそのメッセージを前に、しばらく動けなかった。遺書というものは、人が死を前にして魂の奥底から絞り出す言葉である。それは誰にも汚されてはならないものだ。ましてや、死者が何も言えないのをよいことに、その言葉を都合よく切り取り、書き換えるなど、人の道に外れた所業である。
昭和23(1948)年12月23日、東条英機元首相は東京巣鴨において、64歳でその生涯を閉じた。明治17年の生まれ、陸軍大学を卒業し陸軍大将となり、昭和16(1941)年10月には勅命をもって内閣総理大臣に就任した人物である。東京裁判においてA級戦犯として断罪され、絞首刑に処された。戦後の日本においては長らく「戦争を引き起こした悪の権化」として語られ続けてきた。しかし宮司は問いたい。果たしてその評価は、本当に公正なものだったのか、と。
遺書の中に、こういう一節がある。「今回の処刑を機として、敵・味方・中立国の国民罹災者の一大追悼慰安会を行われたし。世界平和の精神的礎石としたいのである」。宮司はこの言葉を初めて目にしたとき、静かに胸を打たれた。戦争遂行の最高責任者として断罪され、まさに処刑されようとしている人間が、その最後の言葉として語ったのは、自らへの弁解でも、敵への恨み言でもなかった。敵も味方も、中立国も分け隔てなく、戦争で亡くなったすべての方々を一緒に追悼しよう、という呼びかけであった。そしてその追悼を、世界平和の精神的礎石にしたい、という願いであった。
ところがこの遺書が、世の中でいくつも紹介されるとき、その肝心の部分がこっそりと消されているというのである。「世界平和の精神的礎石としたいのである」という一文が取り除かれ、「慰安会」という言葉も消えて、単に「一大追悼会を発起せられたし」とだけ記されているものが少なからず出回っているという。宮司は、この改ざんの意味を静かに考えた。「なぜ追悼会を開くのか」「何のためにそれをしたいのか」という、東条元首相の魂の叫びが、見事に削ぎ落とされているのである。残るのは、ただ「追悼会をやれ」という命令調の一文のみだ。文章の骨格は残っていても、そこに宿っていた魂が抜き取られている。これほど残酷な改ざんはない。
さらに驚くべき改ざんがある。「再建軍隊の教育は、精神教育を採らなければならぬ」という一文の、「再建軍隊の」という主語が切り落とされ、「教育は、精神教育を採らなければならぬ」とだけ紹介されているものがあるという。原文は、将来日本が再建するであろう軍について、精神性を大切にした教育を行えと言っている。しかしこの主語が消えることで、まるで「子供たちへの一般教育に精神教育を徹底せよ」と言っているかのように読めてしまう。そうなると、軍国主義的な教育論を唱えた人物、という印象を読者に与える。原文の意図は全く正反対に歪められてしまうのである。
同じ一節の続きにも、改ざんの手は及んでいる。東条元首相は旧陸海軍の一部に責任観念の欠如を感じていたことを率直に述べ、「大いに米国に学ぶべきである」と記した。これは戦争遂行の最高指揮官として、現場において命令に背く将校の振る舞い、進撃すべきところを独断で逗留したり反転したりするような事態が実際に多くあったことを踏まえての、苦言である。自軍への正直な反省であり、かつ敵国の優れた点を素直に認める、公正な眼差しである。ところがこの一文も「教育は、大いに米国に学ぶべきである」と主語をすり替えられ、文脈を切断されてしまっているものが見受けられるという。
宮司は、こうした改ざんの積み重ねが、何十年もかけてこの国の歴史認識を歪めてきたのではないかと、深く憂える。一つ一つの改ざんはわずかなものかもしれない。しかし積み重なれば、人物の全体像が全く別の姿に変わってしまう。東条英機という人間が「狂信的な軍国主義者」として描かれ続ける背景に、こうした小さな歪みの積み重ねがあるとすれば、それは歴史に対する重大な冒涜である。
処刑後、GHQは東条元首相の青森の実家に押しかけ、隠し財産を探し求めた。一国の総理大臣ならば、きっと蓄財があるはずだと踏んでのことであった。しかし徹底した家捜しの末に出てきたものは、当時の貧しい日本の中でも、とびきり質素な暮らしの痕跡のみだったという。財産らしい財産は何ひとつ出てこなかった。宮司はこの一事だけでも、東条英機という人物の清廉さの一端が伝わってくると感じる。権力の頂点に立ちながら、何も私せず、ただ国のために身を尽くした。そして最後に遺したのは、敵も味方も分け隔てなく追悼しようという、一片の願いであった。
宮司は宮司として、神に仕える者として、ひとつのことを信じている。死者の言葉には、魂が宿る。その魂を踏みにじる行為は、神への冒涜である。東条元首相の遺書に込められた「世界平和の精神的礎石」という言葉が、後世に正しく伝えられなかったとすれば、それは歴史の罪であるにとどまらず、死者の霊を安らかにしない行為でもある。宮司は、この遺書が正しい姿で、より多くの日本人に読まれることを願ってやまない。
勝者が歴史を書く。それは古今東西を問わぬ現実である。しかし書かれた歴史が全てではない。死者の言葉を丁寧に掘り起こし、その時代を生きた人間の本当の姿に近づこうとすることが、後に生きる者の務めであると宮司は思う。歴史の中で一方的に断罪された人々の声に、もう一度耳を傾けること。それは過去を美化することではない。歴史を公正に見ようとする、誠実さの問題である。
