大日本帝国憲法こそ、日本の魂が刻まれた憲法であった。占領下の作文と引き比べて思うこと

書物には、二種類のものがある。年月を経るほどに価値が増していくものと、書かれた途端に古びていくものである。前者は、書き手の魂が深く刻まれた書物であり、時代を超えて人の心に語りかける。後者は、その時々の都合や事情で生み出された文書であり、状況が変われば命を失う。憲法というものも、また同じである。国の魂を刻んだ憲法は永く生き、外から押し付けられた文書は、いずれ朽ちる。昨日、5月3日は、いわゆる憲法記念日であった。一日遅れての筆となるが、この日のことを書き残しておきたい。日本人は、本当に「自らの憲法」を持っているのであろうか、という問いとともに。

昨日、東京の砂防会館では「公開憲法フォーラム」が開催された。民間憲法臨調が主催するこの集いに、高市早苗内閣総理大臣がビデオメッセージを寄せられたと報じられている。8年前、平成29年の同じ5月3日、安倍晋三元内閣総理大臣が同じフォーラムにビデオメッセージを送り、「自衛隊を憲法に明記する」「令和2年を新しい憲法が施行される年にしたい」と歴史的な決意を表明された。志半ばで凶弾に倒れた元総理の、悲願の憲法改正。それを、政治の師と仰がれてきた高市首相が、いまその継承者として立たれようとしている。宮司は、その姿に深い感慨を禁じ得ない。

産経新聞および月刊正論4月号で、自由民主党幹事長代行の萩生田光一氏は、こう語ったという。「立党70年にあたる今年、やっと『天の時』が訪れた。今やらなかったら『何のための自民党だ』となる。憲法改正発議は当然だ」と。また衆議院憲法審査会長に就任された古屋圭司氏は月刊正論5月号のインタビューで、「丁寧に、でも『大加速』して進める」と覚悟を述べておられる。改正の機運は、戦後80年を経て、いま確かに高まっている。それは事実である。しかし宮司はここで、あえて立ち止まらせていただきたい。「改正」という言葉そのものに、果たして十分な思慮が込められているか、と。

そもそも、いま我々が「日本国憲法」と呼んでいる文書は、どのようにして生まれたものか。昭和21年2月、連合国軍最高司令官総司令部、すなわちGHQの民政局において、わずか9日間で書き上げられたものである。起草に携わった25名のうち、憲法学を専攻した者は一人もいなかった。日本側に提示されたのは、英文の草案であった。前文の「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」という、日本語として不自然極まりないあの翻訳調の文体は、この出自に由来する。原案は英文で書かれ、日本語に翻訳された。日本語で考えられ、日本人の魂から紡ぎ出されたものではないのである。それを、80年もの間、ただの一文字も変えずに後生大事に守ってきた国は、世界中で日本ただ一つである。これを「異常」と言わずして、何を異常と呼ぶか。

これに対して、明治22年2月11日、紀元節の佳き日に渙発された大日本帝国憲法とは、いかなる文書であったか。学校教育の中で、ほとんどの日本国民は、この憲法の真の姿を学ぶ機会を持たない。「天皇主権の専制的な憲法」「国民の権利を制限した古い憲法」――そうした漠たる印象だけが流布されている。しかし事実は、まったく逆である。大日本帝国憲法は、伊藤博文、井上毅、伊東巳代治、金子堅太郎ら、日本人自身の手によって、足掛け8年の歳月をかけて起草された。プロイセン憲法を参考にしつつも、その根幹に据えられたのは、二千五百年の悠久の歴史を貫いてきた日本の国柄、すなわち皇統一系の精神文化であった。アジアにおいて最初の近代成文憲法であり、世界の憲法学者から驚嘆をもって迎えられた、誇るべき日本人の知的成果である。

第1条に曰く、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」。たった十六文字の中に、日本という国家の本質が凝縮されている。神武天皇御即位以来、二千六百年にわたって絶えることなく続いてきた皇統。これこそが、日本を日本たらしめてきた根本であるという、揺るぎなき宣言である。さらに上諭には、「朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ万世一系ノ帝位ヲ践ミ」と、明治天皇御自らの御言葉が刻まれている。憲法は、天皇陛下が祖宗から受け継がれた日本の道を、近代国家の枠組みとして整えられたものである。占領憲法のように、外国人の手で書かれた英文草案を翻訳したものではない。日本人が、日本人の魂で、日本の歴史を踏まえて生み出した、まごうかたなき日本の憲法である。

明治天皇御製に、こうある。

目に見えぬ神にむかひてはぢざるは 人の心のまことなりけり

この一首に込められた精神こそ、大日本帝国憲法の魂である。神々と先祖の御霊に対して恥じることなく生きる、日本人の「まこと」。それが憲法の根底に流れている。一方、占領憲法のどこに、そうした祈りがあるか。どこに、目に見えぬものへの畏敬があるか。「主権在民」と冒頭に掲げる占領憲法は、人間以外のものを認めない。神々も、祖先も、国柄も、そこには存在しない。ただ「国民」だけが主体として立つ、極めて唯物的で、極めて平板な構成物なのである。

平成25年4月、産経新聞社は「国民の憲法」要綱を発表した。その第1条はこう謳う。「日本国は、天皇を国の永続性および国民統合の象徴とする立憲君主国である」。前文には、「日本国は先人から受け継いだ悠久の歴史をもち、天皇を国のもといとする立憲国家である」と記される。これは事実上、大日本帝国憲法の魂を、令和の世に取り戻そうとする試みである。書籍『国民の憲法』には、巻末資料として、日本国憲法、大日本帝国憲法、五箇条の御誓文が並べて収録されている。読者に、自らの目で読み比べてほしいという編者の願いが、そこに込められている。読み比べれば、誰の目にも明らかとなる。どちらが日本人の魂で書かれた文書であるか。どちらが日本という国柄を語っているか。

宮司の願いは、ただ一つである。憲法を「改正」するのではなく、占領憲法を一旦白紙に返し、大日本帝国憲法に立ち返ることである。そのうえで、令和の時代に相応しい形へと整え直す。これを「復元」と呼ぶ。新しい憲法をつくるのではない。80年の眠りから、本来の憲法を呼び覚ますのである。萩生田氏の言われた「天の時」とは、まさにこのことではないか。安倍元総理の遺志を真に継ぐとは、自衛隊を一条加えることに留まらず、占領下に押し付けられた文書そのものを根本から問い直すことではないか。昨日5月3日、多くの日本人が連休の中で何気なく過ごしたであろうこの日を振り返り、宮司は祈りを込めて筆を執る。日本人よ、自らの憲法を取り戻そう。明治22年2月11日、紀元節の朝に渙発された御綸言に、もう一度立ち返ろう。そこにこそ、日本の魂が眠っている。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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