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安倍晋三元総理銅像建立

なぜか人が離れていく時。御縁を失う前に、己の心を省みる

人は、一人では生きていけない。家族、友人、仕事仲間、地域の人々。数え切れない御縁に支えられながら、今日という一日を生かされている。しかし、その大切な御縁を、自らの言葉や態度によって傷つけてしまうことがある。

なぜか人が離れていく。親しくなっても関係が長く続かない。初めは信頼されていたはずなのに、いつの間にか心の距離が生まれている。そのような時、人は相手の薄情さを責め、世間の冷たさを嘆きたくなる。だが、宮司は思う。人を責める前に、まず己の言動を静かに省みることが必要である。

人間関係は、己の心を映す鏡である。こちらが相手を軽く扱えば、その心は必ず伝わる。こちらが誠を尽くせば、たとえすぐには報われなくとも、その誠はどこかに残る。人から好かれようと無理に自分を飾る必要はない。しかし、自分の言葉が人を傷つけ、自分の態度が御縁を壊していないかは、常に問わなければならない。

人の話を最後まで聞かず、すぐに否定する者がいる。相手が話し終える前から、「それは違う」「そんなことはない」と切り捨てる。本人は正しいことを言っているつもりでも、相手には「あなたの考えには価値がない」と告げているのと同じである。

正しさだけでは、人の心は動かない。どれほど道理にかなった言葉であっても、相手の心を受け止めずに投げつければ、それは刃となる。まず聞く。なぜそのように考えたのか。どのような苦しみを抱えているのか。そこに心を寄せてから、自分の考えを語る。対話とは相手を言い負かすことではない。互いの心が通う道をつくることである。

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人によって態度を変えることも、信頼を失う大きな原因となる。立場の強い者には頭を下げ、弱い者には横柄に接する。利益をもたらす人には愛想よく振る舞い、用がなくなれば冷たくなる。そのような二面性は、本人が思う以上に周囲から見抜かれている。

人の真価は、自分より弱い立場にいる者へ、どのように接するかに現れる。肩書や財産の有無にかかわらず、一人の人間として敬意を払う。誰も見ていないところでも態度を変えない。その一貫した誠実さが、長い歳月をかけて信用をつくるのである。

親切のつもりで、人の心へ土足で踏み込むこともある。頼まれていない助言を押しつけ、自分の考えに従わせようとする。あるいは、相手が悩みを語っているのに、自分の話へすり替えてしまう。人にはそれぞれ歩む速さがあり、自分で迷い、自分で答えを見つけなければならない時がある。

人が話をするのは、いつも答えが欲しいからではない。ただ聞いてほしい時がある。ただ心に寄り添ってほしい時がある。必要な時に手を差し伸べ、求められた時に智慧を渡し、あとは相手の力を信じて待つ。沈黙もまた、相手を尊重する深い思いやりなのである。

言葉には、人を励ます力がある。同時に、人を深く傷つける力もある。冗談のつもりで口にした言葉が、相手の心に消えない傷を残すこともある。言った側はすぐに忘れても、言われた側は何年も覚えている。人には、他人からは見えない痛みがある。

「冗談が通じない」と相手を責めてはならない。笑いとは、人を明るくするためのものである。誰かを傷つけ、貶め、その犠牲の上に成り立つ笑いは、決して上等なものではない。言葉を発する前に、自分が同じことを言われたなら、どう感じるかを考える。その一瞬の想像力が御縁を守る。

感謝よりも先に、不満を口にする者もいる。してもらったことを当然と思い、足りなかった部分だけを数える。十の親切を受けながら、一つの不足を責める。そのような心には、どれほど恵みが与えられても満足は訪れない。

「ありがとう」という言葉は短い。しかし、その一言には、相手が差し出してくれた時間、労力、思いやりを尊ぶ心が込められている。感謝を言葉にする人の周りには、温かな御縁が集まる。不満ばかりを語る人の周りからは、善意を持った人ほど静かに去っていく。

人間である以上、誰にでも過ちはある。大切なのは、失敗しないことではなく、失敗した後にどのように向き合うかである。謝りながら言い訳を重ね、自分の正当性を守ろうとすれば、相手には誠意が伝わらない。「悪かった。しかし自分にも事情があった」と言った瞬間、謝罪は自己弁護へと変わる。

自分に非があるなら、まず潔く頭を下げる。言い訳をせず、相手が受けた痛みに向き合う。謝ることは負けではない。己の誤りを認め、関係を立て直そうとする勇気である。素直に謝ることのできる人は、それによって小さくなるのではない。その潔さによって、人間としての器が大きくなる。

反対に、相手の過ちを何度も蒸し返し、いつまでも責め続けることも慎まなければならない。一度は許したように見せながら、争いのたびに過去を持ち出す。それでは、相手はいつまでも罪人として扱われる。

許すとは、過ちを正しいことにするのではない。過去の出来事に互いの未来まで支配させないことである。人は過去を変えられない。しかし、反省し、改め、これからの生き方を変えることはできる。相手が真剣に変わろうとしているなら、その力を信じることも慈悲である。

親しくなるほど礼儀を失う人もいる。家族だから言わなくても分かる。長い付き合いだから何を言っても許される。そのような甘えから、最も大切にすべき人を粗末にしてしまう。

御縁は、あることが当たり前ではない。今日、隣にいる人が、明日も必ずそこにいるとは限らない。親しいからこそ「ありがとう」と言う。身近だからこそ「ごめんなさい」と言う。その小さな言葉を怠らないことが、長い御縁を支えるのである。

自分の正しさを証明するため、相手を徹底的に追い詰める者もいる。議論に勝つことばかりを考え、相手の逃げ道を塞ぎ、言葉によって屈服させようとする。だが、相手を言い負かした後に何が残るだろうか。自分の正しさだけが残り、大切な人との御縁が失われることもある。

正論は必要である。しかし、正論だけでは人は救えない。正しさには慈悲が伴わなければならない。相手を裁くためではなく、共により良い道へ進むために言葉を使う。正しいことを言う時ほど、相手の尊厳を傷つけていないかを顧みる。そこに人としての品格が現れる。

そして、人から預かった秘密を軽々しく口にしてはならない。誰にも言えない苦しみを打ち明けることは、自分の弱さを相手に預けることである。その信頼を裏切り、噂話として広めれば、二度と取り戻すことのできないものを失う。

口の堅さは、人間の信用そのものである。聞いたことを胸に納め、人の名誉を守り、弱みを利用しない。誰も見ていなくとも約束を守る。その積み重ねによって、安心して心を預けてもらえる人間となる。

宮司は思う。人に好かれるための技術を身につけるよりも、人を大切にできる心を育てることの方がはるかに尊い。誰にでも愛想よく振る舞う必要はない。すべての人から評価されようとする必要もない。だが、御縁をいただいた相手には、誠を尽くさなければならない。

人間関係に悩んだ時は、相手を変えようとする前に、自分の言葉を整えよ。話し方を整えよ。聞き方を整えよ。感謝を忘れていないか。言い訳に逃げていないか。親しい人を粗末にしていないか。自分の正しさで、誰かの心を踏みにじっていないか。己に問い続けるのである。

それでも、すべての人と分かり合えるわけではない。誠を尽くしても離れていく人はいる。考え方や進む道が異なり、別れなければならない時もある。その時まで自分を責め続ける必要はない。去る御縁もあれば、新しく結ばれる御縁もある。

大切なのは、別れる時にも憎しみを残さず、自分にできるだけの誠を尽くしたかどうかである。相手を悪者にすることで自分を守るのではなく、その出会いから何を学び、自分の何を改めることができたかを考えるのである。

神道では、御縁を尊ぶ。人と人との出会いは、偶然のように見えて、互いの魂を磨くために神々から与えられたものかもしれない。優しい人からは慈しみを学び、厳しい人からは忍耐を学ぶ。意見の違う人からは、自分にない見方を学ぶ。苦手な人でさえ、己の未熟さを教えてくれる師となる。

甦れ、人の話に耳を傾け、感謝と礼節を忘れず、近しい人ほど大切にする日本人の心。甦れ、正しさを振りかざすのではなく、慈悲と誠をもって御縁を育てる大和魂。

なぜか人が離れていく時、そこには必ず何かの教えがある。相手だけを責めず、己の心を静かに省みる。その反省を次の御縁に生かすことができたなら、別れもまた、人間を深く成長させる尊い学びとなるのである。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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