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日本の伝統と文化を、暮らしの中へ

国旗、皇室の祈り、和紙、日本茶など、日本の文化を身近に感じられる品をご案内します。

国旗

日本製の日の丸

軽く、しわになりにくい生地を用いた日本製の国旗です。家庭や事業所での掲揚に。

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皇室・祭祀

『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』

天皇の祈りと宮中祭祀について学び、日本の伝統への理解を深めるための一冊です。

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日本茶・海苔

山本山オンラインショップ

江戸時代から続く老舗の日本茶と海苔。日々の食卓や、大切な方への贈り物に。

江戸の文化と味を未来へ

日本製・越前和紙の御朱印帳

ちりめん生地と越前和紙を用いた、日本製の御朱印帳です。参拝の記録を大切に残す一冊として。

幸せは、すでに足元にある

人は誰しも、幸せになりたいと願っている。

もう少しお金があれば幸せになれる。立派な家に住めば幸せになれる。仕事で成功すれば、世間から認められれば、抱えている悩みがなくなれば、きっと幸せになれる。

そう考えながら、多くの人が今日という日を通り過ぎている。

しかし宮司は、幸せとは遠くから歩いて来るものではなく、誰かが手に載せて与えてくれるものでもないと思っている。

幸せとは、自分の心が見つけるものである。

PR:幸せは遠くにだけあるのではなく、足元の務めと感謝の中にある。日々の心を照らす言葉を読み返し、今日の一歩を大切にしたい。
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朝、目を覚ますことができた。温かいご飯をいただくことができた。外へ出れば、風が頬をなで、道端には小さな花が咲いている。家族と言葉を交わし、今日も自分の務めを果たすことができる。

これらは、あまりにも身近にあるため、私たちはつい当然のものと思ってしまう。

だが、本当に当然なのだろうか。

今日も命があること。食べるものがあること。雨風をしのぐ場所があること。自分を気にかけてくれる人がいること。働ける身体があること。

その一つひとつは、決して当たり前ではない。

宮司は、毎日を生きているだけで、人はすでに多くの恵みをいただいていると思う。その恵みに気づき、ありがたいと感じる心があれば、何げない一日は光を帯び始める。

「今日もご飯がおいしい」

この一言の中には、実に多くの恵みが込められている。

米を育てた人がいる。野菜をつくった人がいる。魚を捕った人がいる。それを運んだ人、店に並べた人、料理をつくった人がいる。そして、動物や植物の命をいただくことで、私たちの命は支えられている。

「いただきます」と手を合わせる時、日本人は食べ物だけに礼をしているのではない。その一膳が自分の前に届くまでに重ねられた、無数の働きと命に感謝しているのである。

宮司は、幸せとは、この「ありがたい」に気づく心から生まれるものだと思っている。

人は、ないものを数え始めれば、いつまでも満たされない。

あれが足りない。これも欲しい。あの人に比べて自分は恵まれていない。もっと評価されたい。もっと楽になりたい。

欲には限りがない。一つ手に入れれば、また次のものが欲しくなる。昨日まで願っていたものを手にしても、やがてそれを当然と思い、新しい不満を探し始める。

物が増えることと、幸せが増えることは同じではない。

どれほど多くを持っていても、感謝する心がなければ、人は満たされない。反対に、多くを持たなくとも、今あるものを尊び、喜ぶことができる人の心は豊かである。

古来、日本人は「足るを知る」という生き方を大切にしてきた。

これは、向上心を捨て、現状に甘んじることではない。自分に与えられた恵みを粗末にせず、感謝したうえで、今日できることに力を尽くす生き方である。

大きな夢を持つことはよい。懸命に働き、よりよい人生を目指すことも大切である。しかし、未来ばかりを見つめ、今日の恵みを見失ってはならない。

今日を喜べない者が、明日になれば急に幸せになれるわけではないからだ。

幸せは、何かを成し遂げた先にだけあるのではない。目標へ向かって努力できること、その道を歩いていること自体にも幸せはある。

宮司は、道端に咲いている小さな花にも、人の心を救う力があると思う。

誰に見られるためでもなく、誰に褒められるためでもなく、花は自らの命を精いっぱい咲かせている。踏まれそうな小道の隅であっても、日の光を受け、風に揺れながら、黙って咲いている。

忙しさに追われ、心に余裕がなくなると、人はその花に気づかなくなる。花がなくなったのではない。見る側の心が閉じてしまったのである。

美しいものは、私たちの周りに絶えず存在している。

朝焼けの空。雨上がりの匂い。木の葉を揺らす風。子供の笑い声。老いた親の穏やかな顔。久しぶりに届いた友人からの便り。

それらを美しい、うれしい、ありがたいと感じられる心を持っているかどうか。幸せを決めるものは、外にある出来事だけではなく、それを受け止める自分の心なのである。

宮司の名である「素心」とは、飾らず、濁らず、物事を素直に受け止める心である。

素心に立ち返れば、何げない一杯のお茶にも温かさを感じる。人からかけられた短い言葉にも、思いやりを見いだすことができる。今日一日を無事に終えられたことにも、自然と手を合わせたくなる。

反対に、心が不平や嫉妬に覆われていれば、どれほど恵まれていても喜ぶことができない。他人の幸せを見て腹を立て、自分の持つものを見ようとせず、足りないものばかりを数えてしまう。

幸せになるためには、まず心の曇りを拭わなければならない。

神社に参拝し、神前で手を合わせるのも、願い事をかなえてもらうためだけではない。日々いただいている恵みに感謝し、自らの心を静かに見つめ直すためでもある。

今日まで生かしていただいたことに感謝する。守ってくださった人々に感謝する。そして、明日も自分の務めを果たせるよう、心を整える。

祈りとは、遠くに幸せを探しに行くことではない。すでに与えられているものに気づき、自分の足元へ帰ってくることでもある。

人の人生には、苦しい日もある。病に悩む時、仕事を失う時、大切な人との別れに直面する時、簡単に幸せを語ることのできない日もある。

宮司も、苦しみを無理に喜びへ変える必要はないと思う。悲しい時には涙を流せばよい。立ち止まらなければならない時には、静かに休めばよい。

それでも、どれほど暗い時にも、小さな光まで失われたとは限らない。

誰かが差し伸べてくれた手。心配してかけてくれた言葉。温かい食事。朝になれば昇る太陽。その小さな光に気づくことができれば、人は再び立ち上がる力を取り戻すことができる。

幸せとは、苦しみが一つもない状態ではない。

苦しみの中にあっても、残された恵みを見失わず、今日という命を大切に生きること。それもまた、深い幸福の姿である。

宮司は思う。

人は、幸せにしてもらうのを待っていてはならない。誰かが自分を満たしてくれることを求め続ければ、心はいつまでも他人に支配される。

自分の幸せは、自分の心で育てるものである。

今日の食事をおいしいと味わう。出会った人に笑顔で挨拶をする。咲いている花に足を止める。家族に感謝を伝える。夜、無事に一日を終えられたことに手を合わせる。

それだけで、同じ一日が違って見えてくる。

大きな幸せばかりを求めなくてよい。

小さな幸せを大切にできる人は、人生そのものを大切にできる人である。一つひとつは小さくとも、それを積み重ねれば、心の中には揺るぎない豊かさが生まれる。

幸せは、いつか訪れるものではない。

すでに今、私たちの足元にある。

それに気づく心を持つことから、幸せな人生は始まるのである。

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天皇の祈りと宮中祭祀について学び、日本の伝統への理解を深めるための一冊です。

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日本製・越前和紙の御朱印帳

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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