勤勉は、繰り返すことによって身につく

人は何かを成し遂げようとするとき、つい特別な才能や恵まれた環境を求めてしまう。自分には能力がない、時間がない、まだ準備が整っていない。そう言って、始める前から諦めてしまう人も少なくない。しかし宮司は、人の一生を決めるものは、生まれ持った才能よりも、毎日何を繰り返しているかという習慣だと考えている。
十九世紀のスイスに生きた法学者、哲学者、政治家のカール・ヒルティ。ベルン大学で憲法学を教え、国会議員も務めた人物で、日本では『幸福論』や『眠られぬ夜のために』の著者として広く知られている。ヒルティは、幸福や人生の意味を観念だけで論じるのではなく、人は日々をどのように生き、どのように働くべきかを具体的に説いた思想家であった。
そのヒルティは、繰り返すことの大切さを強く説いている。
「とにかく、やる」
「すぐに始める」
「先延ばししない」
実に単純な言葉である。しかし、単純なことほど実行は難しい。多くの人は、やるべきことが分かっていても、明日から始めよう、もう少し余裕ができてから取りかかろうと考える。だが、その明日が来ても、また次の明日へ延ばしてしまう。こうして小さな怠りが積み重なり、ついには何も始められない人間になってしまう。
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宮司は、勤勉とは、ただ長い時間働くことではないと思っている。自分に与えられた務めから逃げず、今日なすべきことを今日のうちに果たす心である。誰かに見られているから励むのではない。褒められるためでも、評価を得るためでもない。誰も見ていないところで自分との約束を守り続ける。その積み重ねが、人間の芯をつくる。
物事を先延ばしにすれば、一時は楽になったように感じる。しかし、やるべきことが消えるわけではない。今日の務めを明日に延ばせば、明日には明日の務めが加わる。小さな荷物が少しずつ積み重なり、やがて心を圧迫する大きな重荷となる。先延ばしとは、時間の問題だけではない。自分自身の決意を弱くする習慣でもある。
反対に、すぐに始める人は強い。完璧な準備が整っていなくても、まず一歩を踏み出す。失敗すれば直し、足りなければ学び、転べば立ち上がる。その繰り返しの中で、人は少しずつ鍛えられていく。最初から立派な者などいない。立派に見える人も、人知れず小さな努力を何年も積み重ねてきたのである。
学問も、修行も、信仰も、健康も、人との信頼も、一度だけ力を入れれば身につくものではない。一日だけ早起きをすることは難しくない。一日だけ本を読むこともできる。一日だけ親切にすることもできる。だが、それを百日、千日と続けることは容易ではない。だからこそ、続ける者には力が宿る。
宮司自身も、長い人生の中で、繰り返すことの尊さを身をもって学んできた。祈りも、歩みも、学びも、その日だけ熱心に行えばよいものではない。雨の日も、風の日も、心が進まぬ日も、淡々と続ける。調子のよい日に頑張ることよりも、調子の悪い日に自分の務めを果たすことの方が、人間を強くする。
習慣は、初めは自分がつくるものである。しかし、続けていれば、やがて習慣の方が自分を支えるようになる。迷った朝にも身体を動かし、弱気になった心を前へ運び、怠けようとする自分を正しい道へ戻してくれる。宮司は、良き習慣とは、人生を守る目に見えぬ柱だと考えている。
大きなことを始める必要はない。まず今日、目の前にある一つの務めを果たせばよい。本を一頁読む。机の上を整える。感謝の言葉を伝える。約束した仕事を終える。そうした小さな実行が、明日の自分をつくっていく。
人生は、特別な一日によって決まるのではない。何気ない一日を、どのように積み重ねたかによって決まる。
とにかく、やることだ。すぐに始めることだ。そして、今日できることを明日へ逃がさないことだ。
勤勉とは、自らに与えられた命と時間を粗末にしない生き方なのである。
