「堪へ難キヲ堪へ、忍ヒ難キヲ忍ヒ」玉音放送に込められた昭和天皇の大御心

昭和20年8月15日正午、日本中の人々がラジオの前に頭を垂れた。雑音の混じるラジオから流れてきたのは、昭和天皇の御声であった。後に「玉音放送」と呼ばれる、大東亜戦争終結の詔書である。
宮司は、この詔書を読むたびに胸が締めつけられる。
これは単に「日本は戦争に負けました」と国民に告げた文章ではない。そこには、戦場に散った将兵、空襲に倒れた国民、家を失った者、傷を負った者、そしてこれから未曾有の苦難を背負わなければならない国民に対する、昭和天皇の深い御心が込められているのである。
「帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ、職域ニ殉シ、非命ニ斃レタル者、及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ、五内為ニ裂ク」
戦場に死した者、職務に殉じた者、戦禍によって命を落とした者、その遺族を思えば「五内為ニ裂ク」、すなわち身体の内が引き裂かれるような思いである、と仰せになった。
この御言葉を、我々日本人は決して軽く読んではならない。
大東亜戦争で散華された英霊には、それぞれに人生があった。父母がいた。妻がいた。子供がいた。恋人がいた。故郷があった。それでも祖国のために戦地へ赴き、多くの人々が帰らぬ人となった。
昭和天皇は、その一人ひとりの命と、その後ろに残された家族にまで御心を寄せておられたのである。
そして、広島、長崎に投下された原子爆弾についても、「敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ、頻ニ無辜ヲ殺傷シ、惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル」と記された。これ以上戦争を続ければ、我が民族そのものが滅びるだけでなく、人類の文明まで破壊しかねない。そこで昭和天皇は、戦争を終わらせるという御聖断を下されたのである。
勝つためではない。
御自身のためでもない。
國民を生かすためであった。
ここに玉音放送の最も重い意味があると、宮司は思う。
そして、あまりにも有名な御言葉が続く。
「堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ、以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」
堪えることのできないものを堪え、忍ぶことのできないものを忍ぶ。そして、将来永く続く平和のために、新しい道を切り開く。
宮司は、この御言葉こそ、日本人が忘れてはならない精神だと思っている。
我慢すればよいという意味ではない。
屈辱に甘んじよということでもない。
國家が滅びるほどの苦難を前にしても、感情に流されず、自暴自棄にならず、次の世代のために生き抜けという御命令なのである。
敗戦した日本には、何も残っていなかった。
都市は焼け、家は失われ、食べるものさえ十分になかった。戦地から帰ることのできない父を待つ子供もいた。夫を失った妻もいた。息子を失った父母もいた。
それでも日本人は立ち上がった。
焼け跡から瓦礫を拾い、働いた。
田畑を耕した。
子供を育てた。
学校をつくった。
道路をつくった。
工場を動かした。
歯を食いしばって、日本をもう1度立て直したのである。
その原点にあったものこそ、「堪へ難キヲ堪へ、忍ヒ難キヲ忍ヒ」の精神ではなかったか。
だが、玉音放送には、その先がある。
宮司は、ここが大切だと思う。
昭和天皇は、ただ耐えよとは仰せになっていない。
「総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ、道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ、誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ、世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」
國民の総力を将来の建設に傾けよ。
道義を重んじよ。
志を固くせよ。
そして日本という國の素晴らしさを発揚し、世界の進歩に遅れることなく歩め。
敗戦の日に、昭和天皇はすでに「これからの日本」を見ておられたのである。
宮司は、ここに深い感銘を覚える。
普通なら、國が敗れた時、人は過去を恨む。敵を憎む。誰が悪かったのかと責任を押しつけ合う。しかし昭和天皇が國民に求められたものは、恨みでも復讐でもなかった。
「挙国一家」である。
日本人が互いに憎み合ってはならない。同胞同士で争ってはならない。皆で力を合わせ、子孫のために國を建て直せ。
その大御心であった。
これは、令和を生きる我々にも向けられた御言葉ではないだろうか。
今の日本を見ると、些細なことで人と人が罵り合う。自分と考えの違う者を敵とみなす。責任は誰かに押しつけ、自分の権利ばかりを声高に叫ぶ。
しかし、昭和20年の日本人は違った。
何もないところから立ち上がった。
泣きながら働いた。
家族のために働いた。
國のために働いた。
自分の子供たちには、せめて腹いっぱい御飯を食べさせたい。その一念で歯を食いしばった人も数え切れないだろう。
今日の豊かな日本は、そうした先人たちが築いてくださった國なのである。
だから宮司は思う。
8月15日は、ただ「戦争が終わった日」ではない。
英霊に感謝する日である。
戦争で亡くなられたすべての方々に頭を垂れる日である。
そして、昭和天皇の御言葉をもう1度胸に刻み、「我々は日本を立派な國として次の世代へ渡しているだろうか」と己自身に問いかける日なのである。
玉音放送の中には、こうある。
「確ク神州ノ不滅ヲ信シ、任重クシテ道遠キヲ念ヒ」
國の不滅を信じよ。
我々の責任は重く、その道は遠いことを知れ。
なんと重い御言葉であろう。
日本は敗れた。
しかし、日本人まで敗れてしまったのではない。
國土は焼かれた。
しかし、日本人の魂まで焼き尽くされたわけではない。
多くの尊い命を失った。
だからこそ、生き残った者には責任がある。
國を建て直す責任である。
先人から受け継いだ日本を、さらに立派な國にして子孫へ渡す責任である。
宮司は、それを「大和魂」と呼びたい。
大和魂とは、威張ることではない。他國を憎むことでもない。
困難に直面しても取り乱さず、己を律し、恩を忘れず、家族を愛し、祖先を敬い、國を愛し、次の世代のために自分のできる務めを果たす。
それが日本人の魂である。
玉音放送から80年以上が過ぎた。
あの日、焼け跡の中でラジオに耳を傾けた人々の多くは、すでに鬼籍に入られた。
だからこそ、我々が伝えなければならない。
「堪へ難キヲ堪へ、忍ヒ難キヲ忍ヒ」
この言葉だけではない。
その後に続く、
「万世ノ為ニ太平ヲ開カム」
ここまでを、伝えなければならないのである。
苦難を耐える目的は、苦しむためではない。
未来を開くためである。
子供たちのためである。
日本のためである。
世界の平和のためである。
宮司は、昭和天皇の玉音放送を読み返すたびに、そこに「敗戦の言葉」ではなく、「再生の言葉」を感じる。
日本よ、立ち上がれ。
悲しみに沈み続けるな。
憎しみに囚われるな。
國民が力を合わせ、道義を守り、志を固くし、未来の國を築け。
そのような大御心が、御言葉の奥から聞こえてくるのである。
8月15日。
我々は静かに英霊に頭を垂れたい。
そして昭和天皇の御言葉を胸に、自らの生き方を問い直したい。
先人が命を懸けて残した日本を、我々は守っているか。
子や孫に誇れる國を残そうとしているか。
日本人としての誇りを失ってはいないか。
「任重クシテ道遠シ」
我々の責任は重い。
そして道は、まだ遠い。
だからこそ、今日も1歩を踏み出すのである。
英霊への感謝を胸に。
昭和天皇の大御心を胸に。
そして、日本という國を次の世代へ確かに手渡すために。
玉音放送 原文
朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ
非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ
茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ
其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ
万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ
皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所
曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦
実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ
他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ
固ヨリ朕カ志ニアラス
然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ
朕カ陸海将兵ノ勇戦
朕カ百僚有司ノ励精
朕カ一億衆庶ノ奉公
各々最善ヲ尽セルニ拘ラス
戦局必スシモ好転セス
世界ノ大勢亦我ニ利アラス
加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ
頻ニ無辜ヲ殺傷シ
惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル
而モ尚交戦ヲ継続セムカ
終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス
延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
斯ノ如クムハ
朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ
皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ
是レ朕カ帝国政府ヲシテ
共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル
諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス
帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ
職域ニ殉シ
非命ニ斃レタル者
及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ
五内為ニ裂ク
且戦傷ヲ負ヒ
災禍ヲ蒙リ
家業ヲ失ヒタル者ノ
厚生ニ至リテハ
朕ノ深ク軫念スル所ナリ
惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ
固ヨリ尋常ニアラス
爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル
然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所
堪ヘ難キヲ堪ヘ
忍ヒ難キヲ忍ヒ
以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ
忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ
常ニ爾臣民ト共ニ在リ
若シ夫レ情ノ激スル所濫リニ事端ヲ滋クシ
或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ
為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ
朕最モ之ヲ戒ム
宜シク挙国一家子孫相伝ヘ
確ク神州ノ不滅ヲ信シ
任重クシテ道遠キヲ念ヒ
総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ
道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ
誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ
世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ
爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ
玉音放送 現代語訳
私は、深く世界の情勢と日本の現状について考え、非常の措置によって今の局面を収拾しようと思い、ここに忠誠で善良なあなた方国民に伝える。
私は、日本国政府に、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の4国に対して、それらによる共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させた。
そもそも、日本国民の平穏無事を確保し、すべての国々の繁栄の喜びを分かち合うことは、歴代天皇が大切にしてきた教えであり、私が常に心中深く抱き続けているものである。
先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定を願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない。
しかしながら、交戦状態もすでに4年を経過し、我が陸海将兵の勇敢な戦い、我が全官僚たちの懸命な働き、我が1億国民の身を挙げての尽力も、それぞれ最善を尽くしてくれたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢もまた我が国に有利とは言えない。
それどころか、敵国は新たに残虐な原爆(原子爆弾)を使い、むやみに罪のない人々を殺傷し、その悲惨な被害が及ぶ範囲はまったく計り知れないまでに至っている。
それなのになお戦争を継続すれば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、さらには人類の文明をも破滅させるに違いない。
そのようなことになれば、私はいかなる手段で我が子とも言える国民を守り、歴代天皇の御霊に謝ることができようか。
これこそが私が日本政府に共同宣言を受諾させるに至った理由である。
私は日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた諸盟邦に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。
日本国民であって戦場で没し、職責のために亡くなり、戦災で命を失った人々とその遺族に思いをはせれば、我が身が引き裂かれる思いである。
さらに、戦傷を負い、戦禍をこうむり、職業や財産を失った人々の生活の再建については、私は深く心を痛めている。
考えてみれば、今後日本の受けるであろう苦難は、言うまでもなく並大抵のものではない。
あなた方国民の本当の気持ちも私はよく分かっている。
しかし、私は時の流れに従い、堪え難くまた忍び難い思いをこらえ、永遠に続く未来のために平和な世を切り開こうと思う。
私は、ここにこうしてこの国のかたちを維持することができ、忠誠で善良なあなた方国民の真心を信頼し、常にあなた方国民と共に過ごすことができる。
もし感情の高ぶりから節度なく争いごとを繰り返したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに世情を混乱させ、そのために人としての道を踏み誤り、世界から信用を失ったりするような事態は、私が最も強く戒めるところである。
まさに国を挙げて一家として団結し、子孫に受け継ぎ、神国日本の不滅を固く信じ、任務は重く道のりは遠いと自覚し、総力を将来の建設のために傾け、踏むべき人の道を外れず、揺るぎない志をしっかりと持って、必ず国のあるべき資質の真価を広く示し、進展する世界の動静には遅れないよう覚悟を決めなければならない。
あなた方国民は、これら私の意をよく理解して行動してほしい。
