MENU
PR

日本の伝統と文化を、暮らしの中へ

国旗、皇室の祈り、和紙、日本茶など、日本の文化を身近に感じられる品をご案内します。

国旗

日本製の日の丸

軽く、しわになりにくい生地を用いた日本製の国旗です。家庭や事業所での掲揚に。

Amazonで国旗を見る
皇室・祭祀

『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』

天皇の祈りと宮中祭祀について学び、日本の伝統への理解を深めるための一冊です。

Amazonで書籍を見る
日本茶・海苔

山本山オンラインショップ

江戸時代から続く老舗の日本茶と海苔。日々の食卓や、大切な方への贈り物に。

江戸の文化と味を未来へ

日本製・越前和紙の御朱印帳

ちりめん生地と越前和紙を用いた、日本製の御朱印帳です。参拝の記録を大切に残す一冊として。

二十年に一度、すべてを建て替える。伊勢神宮の式年遷宮が残してきたもの

伊勢神宮は、二十年ごとに建て替えられる。社殿も、御装束も、神宝も、すべてが一新される。第一回は持統天皇の御代、およそ千三百年前にさかのぼり、平成二十五年の第六十二回まで、この営みは絶えることなく続けられてきた。次の遷宮は令和十五年に予定されている。宮司は、この事実の前に立つたびに、しばらく言葉を失う。

千三百年、六十二回。

数字にすれば、たった一行数文字である。だが、その一行数文字の中には、名も残らぬ何万という人々の手と汗と祈りが積み重なっている。

宮司は思う。近代の常識からすれば、これほど不合理な営みはない。せっかく建てた社殿を、まだ十分に使えるうちに解体する。惜しげもなく建て替える。効率を尊ぶ目には、途方もない無駄と映るであろう。

しかし、それは表面の理解である。

なぜ二十年なのか。

諸説はある。仏教由来の深い意味があるとも聞く。だが、宮司が最も深く頷くのは、技の継承という理由である。若くして遷宮に加わった大工が、二十年後には壮年となって中心を担い、さらに二十年後には老練の指導者として次の世代を導く。一人の職人が、生涯のうちに二度か三度は関わることができる。この長さこそが、手から手へ技を渡すために必要な間合いだったのだ。

三十年、五十年では、間が空きすぎる。渡す者と受け取る者が、同じ現場に立てなくなる。十年では、受け取った者が熟する前に、次が来てしまう。二十年とは、人間の一生に合わせて測られた寸法である。

だから、残されてきたのは建物ではない。建てる技のほうであった。

宮司は、ここに日本という国の深い知恵を見る。

木で建てた社殿は、いつか朽ちる。石で建てれば千年残るであろう。事実、世界の多くの聖地は、石で永遠を目指した。だが、我が国の先人は違う道を選んだ。形あるものは必ず滅びるという理を受け入れ、そのうえで、滅びないものを別の場所に託した。人の手と、人の記憶と、人から人へ渡る所作にである。

石は残る。だが石は、教えない。

木は朽ちる。だが木は、二十年ごとに人を呼び集め、教え、鍛え、次の者へ渡させる。

檜の扱い方、鑿の入れ方、掘立柱の据え方、萱の葺き方。これらは書物では伝わらない。図面に残しても、手は動かない。師の傍らに立ち、同じ木を触り、失敗を叱られ、幾度も繰り返して、はじめて身体に入る。技とは、身体から身体へしか渡らないものである。式年遷宮とは、その受け渡しのために、国が二十年ごとに用意し続けてきた壮大な学び舎なのだ。

宮司は、宮大工の言葉をいくたびも読み返してきた。法隆寺最後の棟梁と呼ばれた西岡常一氏の一連の書は、木と人と技の関わりを、これ以上ない率直さで語っている。技がどのようにして人から人へ渡るのか。その現場の呼吸を知りたい方に、宮司は心から勧めたい。

PR:『木のいのち木のこころ』は聞き書き、『木に学べ』は法隆寺・薬師寺の美を語った一冊である。
木のいのち木のこころ ― 天・地・人(新潮文庫)
木に学べ 法隆寺・薬師寺の美(小学館文庫)

若い職人が、老いた師の手つきをただ見つめる。その沈黙の時間にこそ、千年を支える技が渡っていく。

宮司は思う。これは宮大工だけの話ではない。

御装束神宝も一新される。織り、染め、漆、金工、鍛冶、革、玉。そのために、古式の技法が今も生きて保たれている。もし遷宮がなければ、いくつの技がすでに絶えていたことか。使われぬ技は、必ず失われる。伝統とは、飾って眺めるものではなく、使い続けることによってしか保たれない。

そしてこれは、我々一人ひとりの暮らしにそのまま重なる。

家庭の作法も、地域の祭りも、商いの心得も、同じである。文字に残せる部分はごくわずかである。大半は、隣で見ていた者の身体に移り、その者が誰かに渡すことでしか続かない。渡す機会を失えば、どれほど立派な伝統も、一代で終わる。

宮司は問いたい。

令和の日本は、渡す機会を、若い世代に十分に用意しているだろうか。

効率を求めるあまり、熟練を要する仕事を削ってはいないだろうか。手間のかかる行事を、面倒だからと取りやめてはいないだろうか。祖父母と孫が同じ座敷で過ごす時間を、いつのまにか失ってはいないだろうか。

もちろん、効率を求めることを否定するものではない。無駄を省き、負担を減らす努力は尊い。人手が足りず、やむなく行事を縮める地域の苦しさも、宮司はよく知っている。

だが、そのうえで申し上げたい。

省いてよい無駄と、省いてはならぬ無駄がある。

二十年ごとの建て替えは、一年単位の帳簿の上では無駄である。しかし千三百年の帳簿の上では、これ以上ない投資であった。先人は、目先の損得ではなく、二十年後、百年後、千年後を見て算盤を弾いたのだ。

宮司は、ここに我が国の背骨を見る。

日本は、私たちの代だけの所有物ではない。祖先から預かり、次の世代へ渡すべきものである。国も、技も、心も、預かりものである。預かりものであるならば、使い減らして終わってはならない。渡せる形にして、手放さねばならない。

祈りとは、心の中だけの営みではない。

伊勢の遷宮を見よ。祈りは、木を伐り出す山の手入れとなり、御樋代木を運ぶ人の列となり、鑿を握る若者の掌の豆となり、二十年後にその若者が弟子に向ける一言となった。祈りとは、そこまで含めた実践である。祈りを形にするとは、こういうことなのである。

では、我々は今日、何を渡せるか。

大きなことでなくてよい。神棚に手を合わせる姿を、子供に見せる。地域の清掃に、若い者を誘って一緒に出る。祖父母の話を、面倒がらずに聞き、書き留める。自分の仕事の勘所を、後輩に惜しまず教える。挨拶を教える。約束を守る姿を見せる。

神棚に手を合わせる姿を子供に見せる。そのためには、まず神棚を整えるところから始めてもよい。国産の檜で作られた神棚は、社殿と同じ木の香りを家の中に運んでくる。年に一度、新しい榊を供え、埃を払う。その反復こそが、家の中の遷宮である。

PR:三社造りの通し屋根と、まず棚から整える一枚板。どちらも国産檜である。
国産檜の神棚:通し屋根三社(日本製・国産檜)
まず棚から整えるなら:国産桧の神棚板(白木・組立品)

立派である必要はない。手を合わせる場所が家にあること。それだけで、子供の記憶に残る。

いずれも、二十年後にしか実を結ばない営みである。だからこそ、今日はじめねばならない。

宮司は思う。伊勢の森に立つあの白木の社殿は、完成した記念碑ではない。二十年後に必ず解かれ、また建てられることを前提とした、途中の姿である。そして我々もまた、途中である。先人から受け取り、次へ渡すまでの、途中を生きている。

これを、中今を生きるという。

宮司は今日も神前に祈る。この国の技が絶えぬことを。渡す者と受け取る者が、同じ現場に立ち続けられることを。そして令和に生きる私たちが、預かりものを痩せさせず、次の世代へ手渡す者であることを。

残すべきは、形ではない。形を生み出す力である。

これこそが、千三百年をかけて先人が示した、日本人の道である。

式年遷宮について、さらに深く知りたい方のために。

式年遷宮についてさらに深く知りたい方には、こちらも参考になる。
伊勢神宮 式年遷宮参拝ガイド伊勢の神宮のおはなし ― 子供たちに伝えたい式年遷宮

そして、書物で知るよりも、一度その森に立つほうが早い。宮司は、伊勢へ参られることを勧めたい。

PR:早朝の内宮には、日帰りでは味わえない静けさがある。一泊すればこそ、その空気に立ち会える。
Yahoo!トラベルで伊勢の宿を探す
一休.comで伊勢の宿を探す

PR

日本の伝統と文化を、暮らしの中へ

国旗、皇室の祈り、和紙、日本茶など、日本の文化を身近に感じられる品をご案内します。

国旗

日本製の日の丸

軽く、しわになりにくい生地を用いた日本製の国旗です。家庭や事業所での掲揚に。

Amazonで国旗を見る
皇室・祭祀

『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』

天皇の祈りと宮中祭祀について学び、日本の伝統への理解を深めるための一冊です。

Amazonで書籍を見る
日本茶・海苔

山本山オンラインショップ

江戸時代から続く老舗の日本茶と海苔。日々の食卓や、大切な方への贈り物に。

江戸の文化と味を未来へ

日本製・越前和紙の御朱印帳

ちりめん生地と越前和紙を用いた、日本製の御朱印帳です。参拝の記録を大切に残す一冊として。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

目次