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安倍晋三元総理銅像建立

「私の知る税調ではない」とは何事か。国民より財務省に向く政治を許すな

自民党の小渕優子議員が、飲食料品の消費税率を2年間限定で1%に引き下げる案に反対し、党税制調査会の「インナー」と呼ばれる非公式幹部会合を辞任したという。高市総理が、食料品にかかる国民の負担を軽くする方向を示す中、小渕議員は「財源なき減税は無責任ではないか」と異論を唱え続けている。

宮司は、この発言に激しい憤りを覚える。

「私が知っている税調の進め方ではない」

一体、誰のための税制調査会なのか。自民党税調という閉ざされた組織の慣例を守るために、国会議員が存在しているのではない。政治は国民のためにある。税制もまた、国民の暮らしを守り、国家を発展させるためにある。

総理大臣は、国会の指名を受けて内閣を率いる責任者だ。その総理が、物価高に苦しむ国民のために方向を示し、党内に議論を求めることの何が間違っているのか。むしろ、総理の決断よりも、税調内部の古い慣例や、一部の幹部の意向が優先されてきたことの方が異常ではないか。

小渕議員が守ろうとしているものは、国民の暮らしなのか。それとも、自分たちだけが税制を決めてきた閉鎖的な権限なのか。

宮司には、「私の知る税調ではない」という言葉が、「自分たちの了解なしに減税を決めるな」と言っているように聞こえてならない。国民が物価高に苦しみ、日々の食料品を買うにも財布の中身を気にしているとき、政治家が守るべきものは税調の面子ではない。国民の生活だ。

小渕議員は、「財源なき減税は無責任ではないか」と言う。しかし宮司は問いたい。増税するときには、国民の家計の財源を考えたことがあるのか。

税率を上げれば、国の税収は増えるかもしれない。だが、その分だけ国民が自由に使える金は減る。食費を削り、衣服を我慢し、外食や旅行を控え、子供に使う金まで切り詰める家庭が出てくる。国の帳簿だけを見て「財源が必要だ」と唱えながら、国民の財布から金が失われる現実には目を向けない。これほど一方的な話はない。

国家財政は大切だ。だが、国民生活を壊してまで数字を整えることが政治ではない。国民が働き、買い物をし、企業が利益を上げ、経済全体が活力を取り戻してこそ、税収の土台も強くなる。税は国民生活の上に成り立つものだ。国民生活が税のために存在するのではない。

小渕議員は、農家や中小・小規模事業者への影響を口にする。それならば、その影響を抑える具体策を早急に詰めればよい。制度上の課題があるから減税をやめるのではなく、課題を解決し、実現へ導くのが政治家の仕事だ。

難しい。影響がある。財源がない。

そのような言葉を並べるだけなら、官僚にもできる。政治家に求められるのは、できない理由を集めることではない。国民の願いを実現する道を切り開くことだ。

宮司は、安倍晋三元総理の政治を長く見てきた。安倍元総理は、官僚が用意した答えを読み上げるだけの政治家ではなかった。国家の将来を考え、抵抗を受けても必要な政策を前へ進めようとした。政治主導とは、官僚を敵に回すことではない。選挙で示された国民の意思を、行政の仕組みに反映させることだ。

ところが小渕議員の言葉からは、国民の苦しみに寄り添う熱よりも、古い税調の秩序を守ろうとする冷たさを感じる。

さらに理解し難いのは、「2年後に1%から8%へ戻すことになる。減税は喜んで言うけれど、増税は言えない。それでは国会議員の責任を果たすことができない」という発言だ。

ならば、2年後に必ず8%へ戻すと、なぜ今から決めつけるのか。

2年間の経済状況、税収、物価、賃金、消費の動向を見た上で、その時点で最善の判断をすればよい。1%への引き下げによって消費が動き、企業の売上が伸び、経済全体に好循環が生まれるなら、制度を継続する道もある。政治とは、最初に増税の予定を決めて国民を脅すことではない。結果を検証し、よりよい道を選ぶことだ。

そもそも、税率を8%へ戻すことを最初から当然視する発想そのものが、増税を基本とする税調の体質を表しているのではないか。

小渕議員は、「増税を言うのも国会議員の責任」と考えているようだ。だが宮司は、国民に負担を求める前に、政治家が果たすべき責任があると思う。

無駄な支出を削ったのか。既得権益へ踏み込んだのか。特別会計を徹底して見直したのか。天下りや重複行政にメスを入れたのか。経済を成長させ、税収を増やす努力を尽くしたのか。

それらをやり切らぬまま、「財源がないから減税できない」「増税を語るのが責任だ」と言うのなら、国民は納得しない。

家庭で金が足りなくなったとき、親はまず無駄な出費を減らし、収入を増やす道を考える。それでも足りなければ、家族で相談する。最初から家族の食事を減らし、子供の財布から金を取り上げる親はいない。

国家も同じだ。国民に負担を求めることは、最後の手段でなければならない。

宮司は、小渕議員に申し上げたい。

あなたの知っている税調が、国民の声よりも財務省の論理を優先し、減税を封じてきた税調なら、その税調こそ変えなければならない。

古いやり方を守ることが責任ではない。国民の苦しみを受け止め、古い仕組みを改めることが責任だ。まとめ役を果たせないから席を外すのではなく、国民のために議論をまとめ、政策を前へ進めるべきだった。

政治家は制度の番人ではない。国民の負託を受けた奉仕者だ。

食料品は、ぜいたく品ではない。人が生きるために毎日必要なものだ。その税負担を少しでも軽くしようとする政策に対して、財源論だけを振りかざし、実現を妨げることが、本当に国会議員の責任なのか。

国民は、減税の恩恵だけを求めているのではない。自分たちの苦しみを見てくれる政治を求めている。暮らしの現実を知り、官僚の壁を破り、決断してくれる政治家を求めているのだ。

「私の知る税調ではない」

結構ではないか。国民のためにならない古い税調なら、変わればよい。変えなければならない。

宮司は、高市総理が示した減税への1歩を支持する。たとえ1%であっても、日本の政治が「税は上げるもの」という長年の思い込みを打ち破る意味は大きい。ここで退けば、再び財務省と税調が支配する政治へ戻ってしまう。

政治家が見るべきは、税調の内側ではない。買い物かごを前にため息をつく母親の姿だ。わずかな年金で暮らす高齢者の姿だ。仕入れ価格の上昇に耐える中小企業や商店の姿だ。

小渕議員よ、税調の常識ではなく、国民の苦しみを見よ。

国家の財源を語る前に、国民の暮らしを守れ。

それが、国会議員の果たすべき本当の責任だ。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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