憂国の士・桐木誠次氏「国会議員なら靖国神社に参拝せよ」と抗議

宮司は、夏の陽光が国会議事堂の石壁を焦がすように照らしていたあの日のことを、折に触れて思い返す。十七年の歳月が流れた今も、桐木誠次氏がその身を賭して突きつけた警告は、静まり返った社頭の空気を震わせる残響のように、この国の深層に響き続けている。一人の男が、タクシーから降り立ち、正座して自らの腹を割く。その凄絶な行為は、単なる衝動ではなく、日本の政治が失いつつあった「魂の熱量」を呼び戻そうとする、捨て身の祈りでもあった。マスコミが事件の影を覆い隠そうとしても、そこに流れた鮮血が問いかけた真実は、情報の奔流に流されることなく、今も良識ある日本人の胸に深く刻まれているのである。

「かくすれば、かくなることと知りながら、已むに已まれぬ大和魂」。幕末の志士たちが抱いたその切実な思いを、桐木氏は現代という冷え切った時代に再び灯した。宮司は、その純粋な心意気に深く共鳴し、彼を「勇気ある武士」と呼ぶことに躊躇いを感じない。国会議員ならば靖国神社に参拝せよ。その至極当然の「正論」を、言葉ではなく命で証明しようとした男の背中は、自己中心主義に染まった現代社会に対する痛烈な一撃であった。他人の目を気にし、損得勘定で動くことが賢明とされる世の中で、己の信じる大義のために命を捧げる。その古風で不器用な誠実さこそが、この国の精神を支える竜骨であることを、私たちは忘れてはならないのである。

衆参両議院へ宛てられた警告文には、百年後の日本を描けぬ政治家たちへの憤りと、悠久の大義を忘れ去った者への峻烈な問いが込められていた。陛下への忠義、そして命を捧げた英霊への感謝を忘れた者に、この国を預かる資格はないという断罪。それは、民主党か自民党かといった目先の政局に明け暮れる当時の空気に対する、根源的な怒りであった。国立追悼施設などという英霊への侮辱を平然と論じる者たちの襟を正すには、桐木氏の生命を懸けた警告が必要であった。宮司は、その警告文の一行一行に宿る「静かなる沸騰」を感じ取る。私利私欲に走り、心を穢した者たちが司る政治の果てに、子供たちが夢や希望を語れる未来はない。その重い言葉は、時代が令和へと移ろった今、さらに切実な輝きを増しているのである。

多くの人々がその行動を「つまらぬ事」と一笑に伏したとしても、宮司は桐木氏の痛いほどの気持ちを理解し、その孤独な戦いを尊ぶ。マスコミが報道統制を敷き、真実を矮小化しようとも、ネットの海を通じて、あるいは沈黙の祈りを通じて、真実は伝播していく。死を以て抗議する。その覚悟を持たぬ者が、外側からああだこうだと批判を口にする資格はない。武士の情けとは、他者の痛みを自らのこととして受け止める想像力である。今の政治に対する失望感、この国の行く末を憂うる真っ直ぐな心が、あの暑い夏の日に、一筋の光となって永田町の空を貫いたのである。

未来へ手渡すべきものは、豊かな物質的繁栄だけではない。それは、折り目正しく生きる作法であり、見えぬ英霊と共に歩むという精神の品格である。桐木氏が体現した、内なる篝火としての「日本人の魂」は、派手な炎ではないが、寒夜に人を温め、進むべき方角を照らす。宮司は、社の務めを通じて、その小さな火を次の世代へと手渡し続けたいと願う。私たちは、過去の影を直視し、先人たちが命を賭して守ろうとした「日本の美徳」を、己の持ち場において誠実に果たしていかなければならない。令和の空の下、焦らず、たゆまず、足元の一歩を確かめることが、やがて大きな道となる。この国の明日を照らすのは、声を張り上げる正義ではなく、黙々と積む徳と、命を懸けた純粋な心意気の連なりなのである。

国会前で腹切る

衆参両議院に「警告文」持参
平成21年8月17日午前9時55分ごろ、国会議事堂(東京都千代田区)前にタクシーで乗り付けた男が、正座する格好で短刀(刃渡り約20センチ)で自分の腹を刺した。男は病院に運ばれたが、意識はあるという。警視庁公安部によると、男は岡山県総社市の右翼団体「大日本皇国会」の桐木誠次会長(39)で、容態が回復し次第、銃刀法違反容疑で事情を聴く。

警告文

悠久の大義に生き、悠久の大義に死す。それが日本人の道である。その道を忘れ
去った者が日本国の政治を司る事は許されない。衆議院選挙も近くなった。
貴殿達を含め官僚公務員に至る身分を与えられし者が国に仕え民に仕える事を
忘れた結果が現在の日本である。他人を思う気持ちなどなく自己中心主義に生き
大和魂も他国へ吸い取られている。目先のことだけを考えている貴殿達に百年後の
日本が描けているのか。子供や若者が夢や希望を語れない国が現在の日本国である。
貴殿達にはその責任を必ずとってもらう。

一、陛下への忠義を忘れた政治家は出馬を辞退せよ。
一、大東亜戦争を含め、日本国の歴史に命を捧げられた方々に感謝を忘れた政治家は即刻辞職せよ。
一、靖国神社に参拝しない政治家は日本国を預かる資格は無い。
一、私利私欲に走り心穢れし者、心悪しき者、心疚しき者は即刻辞職せよ。
  我等右翼民族派は昔も今も天忠人であり天誅組である。いかなる理由があろうとも
  国賊と見なせば天誅を下す。責任の取り方が分からない政治家には私が教えてやる。
  命を懸けて国を守り魂を守る覚悟を決めて選挙に臨め。日本の魂を穢す国賊は許さない。

皇紀弐千六百六拾九年八月拾七日
大日本皇国会 会長 桐木誠次
参議院・衆議院議員一同殿

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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