仁の実践は、日々の所作から始まる

人の品格は、声高な理想ではなく、日常の所作に宿る。乱れた言葉に耳を貸さず、無作法な光景に心を奪われず、軽率な発言に加わらず、節度を欠くふるまいに手を染めない。こうした選び取りは、小さく見えて実は重い。心の門番を立てることが、社会の調和を守る第一歩になるからである。

宮司は、古の賢者が説いた「己に克ちて礼に帰る」という言葉を、単なる訓話として扱わない。衝動に流されやすい現代においてこそ、内なる手綱を握り直す教えとして受け取るべきだと考える。欲望や怒りは、燃えやすい焚き付けのようなものだ。火を起こせば暖を取れるが、放置すれば家屋を焼く。節度は火消しの水であり、礼は囲炉裏の縁である。器を整え、火の居場所を定めるからこそ、ぬくもりが人を養う。

仁は、誰かに命じられて身につく徳ではない。押し付けられた善は、表面に塗られた漆のように剥げやすい。内から滲む志こそが、長く持ちこたえる。宮司が強調するのは、選び続ける意思である。目先の利に傾く誘惑は、砂浜に描いた線のように、波が来れば消える。今日の一歩を律し、明日の一歩を確かめる。その反復が、やがて道になる。

不仁の状態は、長く続かない。逆境に耐えられず、順境にも溺れる。これは人を脅す言葉ではない。水が濁れば魚は棲めず、澄めば流れは保たれるという自然の理に近い。仁を安んじて行う者は、流れの中に腰を据える。知恵をもって価値を見抜く者は、流れの向きを読み、舵を切る。どちらも同じ川を渡るが、足取りは違う。重要なのは、川から逃げないことである。

情報が洪水のように押し寄せ、感情が瞬時に増幅される時代、礼は古風な足かせのように見えるかもしれない。だが、礼は歩幅をそろえるための拍子木である。各々の速さがばらばらでは、行列はほどけ、衝突が起こる。言葉を選び、視線を節し、行いに節度を持つ。そうした拍子が、共同体の歩みを整える。和は、意見の違いを消すことではない。違いを抱えたまま歩く技である。

自らを見限らないという決意も、仁の土台にある。過ちを犯した日があっても、翌朝の一歩まで否定する必要はない。木は年輪を重ねるたびに節をつくるが、節があるから折れにくくなる。失敗は節であり、反省は樹液である。乾いた幹に潤いを戻し、再び天へ伸びる力を育てる。人は昨日の影に縛られる存在ではない。今日の選択が、明日の形をつくる。

宮司は、仁を遠い理想に祭り上げない。玄関の靴をそろえる手つき、約束を守る時間感覚、困っている人に声をかける一歩。こうした微細な実践が、心の地ならしになる。陰で整え、表で誇らない。派手な善行より、静かな継続が景色を変える。石畳は一枚一枚の石でできている。足元の一枚を据え直すことが、遠い目的地への近道になる。

人を裁く前に、自らの内に刃を向ける。刃は他者を傷つけるためではなく、己の棘を削ぐために使う。角が取れれば、触れ合っても傷つきにくい。そうして生まれる余白が、包む力となる。包む力は、争いの熱を冷まし、対話の場をつくる。風が荒れれば帆を畳み、凪になれば帆を張る。状況に応じて所作を選ぶ柔らかさが、共同体を前へ運ぶ。

古の教えは、博物館の展示ではない。台所の湯気の中、通学路の朝の挨拶の中、仕事場の一言の選び方の中で息づく。仁は、今日の振る舞いとして現れ、明日の信頼として返ってくる。静かな徳は、目立たぬが確かに広がる。森の根が地中で絡み合い、嵐に耐えるように、目に見えぬ実践が社会の足腰を支える。

この国の精神は、声高な標語では磨かれない。手を動かし、言葉を慎み、心を整える日々の積み重ねで磨かれる。磨かれた心は、光を反射し、周囲を照らす。仁の実践は、遠くの理想へ跳ぶことではなく、足元の石を踏みしめることから始まる。そこにこそ、次の一歩の確かさが生まれる。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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