教育勅語を恐れる者は、何を恐れているのか。広島市長の孤独な正論

広島市の松井一実市長が、定例記者会見でこんな言葉を口にした。「いろいろ言われる」と。宮司はその一言に、深いものを感じた。市長は2012年の就任翌年から毎年、職員研修の講話に教育勅語の一部を引用し続けてきた。十数年にわたって、である。それをある市民団体が「使うな」と抗議し、報道が騒ぎ立て、ついに市長は今年度から引用をやめると表明した。「政争の具にされたくない」という言葉とともに。宮司はこの報を聞いて、静かに、しかし強く思った。市長は間違っていない。間違っているのは、教育勅語という言葉そのものを聞いただけで耳を塞ぐ、この国の浅薄な空気である、と。
教育勅語とは何か。明治二十三年に発布されたこの文書は、「父母ニ孝ニ」「兄弟ニ友ニ」「夫婦相和シ」「朋友相信シ」「博愛衆ニ及ホシ」という言葉で始まる。親を敬い、兄弟仲良く、夫婦は睦まじく、友は誠実に、広く人を愛せよ。これのどこが問題なのか。宮司は何度この問いを繰り返しても、答えが見つからない。戦後の一時期、GHQの指令のもとで教育勅語の奉読や神格化が禁じられたことは事実である。しかしそれは、特定の政治目的に利用されることへの制限であって、その中に息づく普遍の道徳まで否定したものではなかったはずだ。親孝行を説く言葉を「軍国主義の道具」と呼んで葬り去ることは、赤子を産湯ごと流すに等しい。
松井市長が職員に伝えようとしたのは、教育勅語の政治的解釈ではなかった。
人として守るべき徳目、公務員として市民に尽くす心構え、先人の言葉に学ぶ謙虚さ。そういう普遍的な人間の道を、先哲の言葉を借りて語ろうとしただけである。宮司はそこに、一人の首長としての誠実さを見る。政治家が自らの信じる徳目を、部下に向かって語る。これは本来、称えられるべきことではないか。ところがこの国では、「教育勅語」という四文字が目に入っただけで、思考停止した抗議の声が上がる。内容を読まず、文脈を問わず、ただレッテルを貼って排除しようとする。これこそが、真の意味での「不寛容」ではないか。
市民団体は抗議文の中で「説明責任を果たしておらず、市長の資質を欠く」と訴えたという。宮司はこの言葉に、逆の問いを向けたい。あなたがたは、教育勅語のどの一節を読んで、何が問題だと感じたのか。「父母ニ孝ニ」が問題か。「博愛衆ニ及ホシ」が問題か。「義勇公ニ奉シ」が問題か。具体的な言葉と向き合うことなく、「軍国主義の象徴だから許さない」という感情論で押しつぶそうとするのは、むしろ思想の自由への侵害ではないか。松井市長は「自身にも思想信条の自由があり尊重されるべきだ」と述べた。まさにその通りである。一人の人間が、先人の言葉を尊び、それを仕事の場で語ることは、いかなる法にも倫理にも反しない。
宮司は神職として、先人の言葉を伝えることの重みを、骨身に染みて知っている。
古来、日本の教育は、徳目を言葉として語り継ぐことによって成り立ってきた。家では親が子に、道場では師が弟子に、そして社会の要職にある者が下の者に、生きる上での道を説き伝えた。教育勅語も、その大きな流れの中に位置づけられるべきものである。それを戦後の政治的対立に絡めて封印し続けることは、日本人が自分たちの精神的遺産に自ら鍵をかけることに他ならない。松井市長が感じた「不快感」の正体は、おそらくそこにある。誠実に語ろうとする者が、語ることを禁じられる。その理不尽さへの、正直な反応である。
「政争の具にされたくない」という言葉で引用をやめた市長の判断を、宮司は責めない。しかし惜しいとは思う。本当に大切なものは、誰かに反発されても、静かに語り続けることに価値がある。先人の言葉の灯を絶やさないことが、この時代を生きる者の責務だからである。教育勅語を「危険思想」と呼んで封じようとする人々に、宮司はただ一つ問いたい。その言葉の中に何が書いてあるか、あなたは読んだことがあるか、と。言葉と向き合わずして言葉を排除することは、知性の放棄である。令和の日本に必要なのは、先人の言葉を恐れることではなく、その言葉の意味を問い直す勇気である。
