出生数が初めて70万人を割った。「静かな有事」の正体は、魂の空洞化ではないか

数字というものは、時に言葉よりも雄弁に語る。厚生労働省が公表した人口動態統計によれば、日本の年間出生数が10年連続で減少し、ついに初めて70万人を下回った。政府はこれを「静かな有事」と呼んだ。宮司は、その言葉を聞いてこう思う。有事はすでに、静かに始まっていたのではないか、と。
少子化の原因として、経済的な不安、非正規雇用の増加、子育て支援の不足など、様々な要因が語られる。それらは確かに現実の問題である。しかし宮司は、数字の背後にある問いを見つめ続けている。なぜ人々は、命を次の世代へとつなごうとしないのか。金銭や制度だけで説明できるものではない、もっと深いところに根があるのではないか。それは、魂の問題である。
かつての日本人は、子を産み育てることを、天命として受け止めていた。命は自分のものではなく、天から預かったものであり、次の世代へ渡すべきものであるという感覚が、日本人の精神の底流に流れていた。宮司は、その感覚が戦後の長い年月の中で少しずつ失われてきたと感じている。「自分の人生を自分のために生きる」という個人主義は一面では尊いが、それが行き過ぎれば、命の連鎖を自らの手で断ち切ることになる。
命をつなぐことへの意志を失った国に、未来はない。宮司はそう言い切る。お金を配ることで子が増えるなら、それはもはや愛ではなく取引である。親が子を産み育てるのは、損得の計算によるものではなく、命への畏敬と、次の世代への愛から生まれるものであるはずだ。その根っこにあるものこそが、日本人が古来大切にしてきた大和魂である。魂を置き去りにしたまま、制度だけを整えても、根のない木に花は咲かない。
宮司は、少子化を政治や経済の問題として語ることに、限界を感じている。本当に問わなければならないのは、日本人がこの国に生きることへの誇りと喜びを取り戻せているか、ということである。子を産み育てることへの希望は、国への愛着と、未来への信頼から生まれる。その信頼を育てるのは、政策ではなく、精神の再生である。一人ひとりが、自分の命の意味を問い直し、次の世代への責任を自覚するところから、本当の少子化対策は始まる。
70万という数字を前に、宮司は静かに祈る。この国を愛し、この国に命をつないでいこうとする魂が、令和の日本に甦ることを。制度の整備は必要である。しかしそれ以上に必要なのは、日本人としての誇りと使命感を、次の世代の胸に灯すことである。甦れと叫ぶのは、政府に対してではない。一人ひとりの日本人の魂に向かって、宮司は今日も祈り続ける。
